Index Top ネジまくラセン!

第1話 ゼンマイ仕掛けの


 開け放たれた窓から風が流れ込み、部屋に漂う埃を押し流していく。
「これで終わり、と」
 オーキは手を叩いて部屋を眺めた。
 元々は物置のような部屋だが、数日掃除したおかげで普通に住める形になっていた。自治都キリュウの街外れにある一軒家。その二階の部屋である。春から大学に通うために親戚の家に居候することとなった。
「ようやく一息付ける……。片付けって大変だ……」
 ベッドに腰掛け、大きく息を吐く。
 黒髪の青年だった。年は十八。身長や体格は普通。目に留まるような特徴は無い。前をボタンで留めた青い上着と白いズボンという恰好をしている。
 ベッドと机しかない部屋を見回し、オーキは髪を撫でた。
「まだ終わりじゃないけど、あと少し」
 部屋の隅に置かれた五つの箱を眺め、ベッドから立ち上がる。
 箱の前まで行き、オーキは腰を屈めた。
 箱を開け中身を確認していく。壊れたおもちゃや機械の部品のようなもの。中身は大抵不要なものだ。それらは大きめの箱にまとめて詰めてゴミとして出してしまう。
「これが真打ちだ」
 最後の箱。両手で持ち上げられるくらいの大きさ。中身が少ないのなら残りの箱の中身も詰めてしまおうと考え、蓋を開けた。
「うん?」
 手が止まる。
 箱の中に小さな少女が収まっていた。
「人形?」
 両手で人形を持ち上げてみる。
 精巧な人形だった。背丈は五十センチくらいだろう。六十センチには届かない。オーキよりも一回り幼いくらいの顔立ち。腰の辺りまである黄色の長い髪の毛が、光を受けて薄く輝いていた。ゆったりした作りの白い上着をまとい、足元まである赤いスカートを穿いている。頭には三角形の耳が生え、腰の辺りから尻尾が生えていた。狐の耳と尻尾。
 背中に銀色のゼンマイが刺さっている。
 スカートの裾に書かれた名前に目を留めた。
「ナナ・フリアル……。クリムさんのオヤジさんか」
 この家に住むオーキの親戚である女性。今はもういないが、その父がフリアルという名だった。技術系の魔術師であり、色々なものを作っていたらしい。
「動くかな?」
 単純な好奇心だった。
 左手で人形を抱え、右手でゼンマイを掴み回す。きりきりとバネの巻き取られる感触が腕にかえってきた。何が起るのか何も起らないのか。小さな高揚感が胸に湧き上がる。
 オーキは人形を床に置いた。
 両足を伸ばして両腕を垂らし、前に項垂れている。
「…………」
 人形が目を開けた。鮮やかな赤い瞳。
 身体を起こしてから、右手を持ち上げ、左手を持ち上げる。
 持ち上げた手を目の前に移し、五指を握り閉めた。それから手を開き、もう一度閉じ、もう一度開く。人形とは思えない滑らかな動きだ。
 人形が跳ねる。
 座った姿勢から立った姿勢へと。萎れていた狐耳と尻尾がぴんと立った。
「動く。身体が動く! ついに目覚めたぞ。長かった。よくわからないけど長かった。これでアタシを止めるものはいない! ふははは、ついにアタシの天下がやってきた!」
 右手を握り締め、元気に叫ぶ。
 人差し指をオーキに向けた。勝ち誇った顔で宣言する。
「というわけでそこの人間、お前は今日からアタシの下僕一号だ」
「えっと」
 頭をかいてから。
 オーキは人形の襟首を掴んで、持ち上げた。
「よくできた人形だな。魔術人形の類か?」
 魔術でまるで生きているように動くものは存在する。作るのに特殊な技術が必要なので滅多に見かけるものではない。実物を見るのは初めてだった。
「あっ、コラ放せ、無礼者!」
 手足を振り回しながら、人形が声を上げる。小さい割に声は大きく騒がしい。
「襟を掴むな吊るすな持ち上げるな! アタシは猫じゃないぞ!」
 その頭の前に丸めた指を突き出す。
 ぺしっ。
 軽いデコピンが人形の額を叩いた。
「うー。痛い……」
 両手で額を押え目を瞑る。
 オーキは人形を床に下ろして、腕組みをした。
「何だ、お前は?」
「人に名を尋ねる前には、自分から名乗るものだ」
 胸を張って腕組みをし、人形はオーキを見上げた。狐耳と尻尾をぴんと立てている。赤い瞳に熱い意志を灯していた。威嚇する小動物にしか見えないが。
 指をデコピンの形にして、額の前に差し出す。
「ひっ」
 頭の前で腕を交差させ、防御態勢を取った。
 とりあえず大人しくなったと確認し、手を引っ込める。
「で、何なんだ?」
 人間の三分の一くらいの身体。狐耳と尻尾。背中に取り付けられたゼンマイ。おそらくゼンマイ動力式の魔術人形だろう。物置の隅に置いてあるものではないが、この家ならあり得ない話ではない。
 人形は左手を腰に当て、右手を自分の胸に当てた。
「アタシはラセン。かつて夜狐の女王と恐れられたバケモノよ」
 眉を内側に傾け、自身満々な口調で言い切る。
 オーキは眉を寄せた。夜狐の女王。バケモノ。単語は仰々しいものの説得力が無い。名前はそれっぽいかもしれない。
「さあ名乗ったぞ。お前の名前を聞かせてもらおう」
「俺はオーキ。見ての通りの学生だ」
 ラセンの問いにそう答える。

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12/5/11