Index Top 第9話 橙の取材

第3章 その結果は


「まったく――」
 歯を軋らせながら、ニニルが口を開く。
 怒気を通り越して殺気めいた視線を千景に向けながら、
「冗談じゃありませんわよ。何ですか……何でこの私がこんな破廉恥極まりない……。人間という生き物は本当にケダモノですわね。恥を知りなさい!」
 変わらず木枷で拘束された状態だが、口は自由に動くため言葉は止まらない。さきほどから延々と愚痴を言い続けている。
「うるせぇ……」
 シゥは窓辺に避難し睡草を咥えていた。が、積極的に何かする気は無いらしい。
 ノアは椅子に座って大人しくしている。ネイが不安げにニニルを眺めていた。ピアとミゥはニニルの妖精炎を調べるために部屋に籠もっている。ニニルの妖精炎を少量抜き取り、変化を図るらしい。
「お前は一応こっちの感性持ってるんだな」
 緩く腕を組み、千景はそう呻いた。ピアたちが千景と身体を重ねることに抵抗が薄かったことを考えると、ニニルの反応は妙に人間臭い。
「ええ。まがりなりにも新聞記者ですからね。自然界の生物についての知識も、文化や常識などについての知識もありますわ。男女の交わりがどういう意味を持つかも、司祭長たちよりも理解していると自負しています」
 言い切る。
 それで大きく息を吐いた。言うだけ言って、とりあえず気が済んだのだろう。
「大丈夫ですか、ニニルさん」
 ネイが声を掛ける。
 一度息を吸い込み、ニニルはネイに目を移す。千景を睨み付けいた時の殺気は消えていた。不機嫌そうであるが、抑えた声音で応える。
「大丈夫です。……今のところは何の変化もありませんわ」
 見る限りニニルの体調に変化は無い。
 再び深呼吸をしてから、ネイに軽く会釈をする。
「挨拶が遅れてしまいましたけど。お久しぶりです、ネイさん。お久しぶりというほどお久しぶりでもありませんけど、元気そうで何よりですわ」
「ニニルさんは、相変わらずですね」
 ネイが苦笑いを返した。
「で……どうすんだよ、コレ? オレたちとは様子違うけど」
 シゥがニニルに人差し指を向ける。
 フィフニル族が千景の体組織を身体に入れると、妖精炎の強化と副作用の発情のような状態が起こる。もし血液を接種したら極度の依存症のようになるとミゥは説明していたが、ニニルには変化が無い。
 すぐに舐めた血を吐かせたからなのかは分からない。
 千景はため息をつき、
「一応協会に連れてくよ。こうなると、もう俺が決められることじゃないからな。いや、それより怒られるだろうな……。まさかこれは予想外だ……」
「ま、頑張れや」
 ぱたぱたと手を振り、シゥが息を吐き出した。
 睡草の香りが空気の流れに乗って窓の外に流れていく。そんな錯覚が見えた気がした。煙草のように煙などはないため、ただの想像でしかないが。
「簡易検査終わりましたー」
 部屋から出てきたミゥ。小さなバインダーを脇に抱えている。脳天気そうに笑っているが、その実何を考えているかは分からない。
 次いで出てきたピアは眉間にしわを作っていた。
 結果は想像が付くが、一応尋ねる。
「どうだ?」
「……ダメでした。手遅れですねー。既に千景さんの血液が、ニニルさんの妖精炎に影響及ぼしています。まだ発情発作のような事は起こっていないようなんですけど、今後何が起こるかは未知数です。推測する情報もほとんどありませんし」
 そこまで言って口ごもる。
 一呼吸置いてから、どこか投げやりな笑顔で、
「いえ、それよりも……。今のニニルさんの妖精炎出力――約七万もあります」
「なっ、なな……!」
 ニニルが顔を強張らせる。非常識なまでの大きさのようだ。
 同じように驚愕の表情を見せ、シゥが叫ぶ。
「待て待て! ななまん、だと……? 計算間違ってないか、おい」
「いえ、計算はあっています。わたしとミゥで何度か再計算と検算もしましたが、全てほぼ同じ数値になりました。にわかには信じられませんけど」
 沈痛な面持ちでピアが付け加えた。非常識な大きさらしい。現在ニニルに異常は無いが千景の血液を接種した影響は、はっきりと現われているようだった。
 こわごわと千景は呟く。誰へとなく。
「七万って、どれくらいなんだ?」
「成体となったフィフニル族の妖精炎出力は、およそ五百です。戦闘技術特化のシゥがおよそ二千二百。大型儀式魔法特化のピアが二千五百です。ちなみに自分は千八百ほど、ミゥは千二百、ネイは七百五十です」
 読み上げるようにノアが説明した。
「それで七万か。とんでもないな」
 ピアたちを順番に眺める千景。フィフニル族にとって魔法の強さは、そのまま自身の実力に繋がる。特殊な立ち位置であるピアやシゥ、ノアはかなり大きい。それを考えると、ニニルの数値は狂ってた。
「いや、そもそも制御できるのか?」
「不可能です。一度妖精炎を顕現させたら、反動が身体を直撃します。身体が耐えられません。運が良ければ瀕死で済みますが、悪ければ跡形もなく四散します」
 千景の疑問にノアが淡々と答える。
 予想通りだった。無茶苦茶な強化がなされた力は、何もせずとも自身に牙を剥く。たとえば人間が脈絡無く筋力が百倍になれば、普通に動くだけで骨を握り潰し関節を引き千切るだろう。強過ぎる力は、それだけで危険なのだ。
「………」
 黙り込むニニル。
 ミゥが続ける。
「それと、おそらく今の状態では界の鏡を通れませんね」
「………」
 界の鏡とは限界と人界を繋ぐ装置らしい。ピアたちは界の鏡を通り、こちらに来た。ニニルも同様。そして戻る際にも界の鏡を通る必要がある。
 ミゥが説明した。
「千景さんの血液を摂取したことによって、体質がこちらの存在に近くなってしまているんですねー。ボクたちの自然適応よりも、何倍も。そのため、界の鏡を通ろうとしても弾かれます。無理に通ろうとすれば、身体が壊れます」
 ニニルは大きく息を吸い込み、目を閉じる。自分の置かれた状況を、順番に整理しているようだった。数秒して目を開け息を吐き出す。
「それは、こちらに監禁状態という事ですか」
「そうなりますねー」
 他人事のように、ミゥが肯定する。
 再び目を閉じてから、小さく吐息。ニニルが千景に殺気立った目を向ける。低く唸るような声で言ってきた。
「どう責任を取ってくれるというのですか? 中里千景」
「きっぱりとお前のせいじゃねーか!」
 その眼前に指を突きつけ、千景は断言した。
 口を閉じ、ニニルが視線を逸らす。
 指を引っ込め、千景は手を持ち上げた。
「これから協会の方に連れて行くんだが、俺一人で大丈夫か?」
 この状況を説明するため、退魔師協会の支部に連れて行かなければならない。しかし、ニニルが力を暴走させた場合、千景一人で止める自信はなかった。
「一応オレが行く」
 吸い終わった睡草をケースに入れ、シゥが近付いてくる。
「ただ、最悪殺しても文句は言うなよ?」
 と、ニニルに告げた。脅しではなく本気だった。ニニルが暴走を起こしたら、躊躇無く殺す。軍人であるため、そのあたりの割り切りはできているようだ。
 ノアが声を上げる。
「自分も行きます。黒薄の帯刃には妖精炎などの力を封じる力があります。自分も拘束や無力化系の魔法を得意としていますし。千景さまの蟲と組み合わせれば、彼女が暴走しても抑えられるかと。ピアやシゥは拘束型の魔法は得意ではありませんので」
 千景はノアを見る。相変わらず感情の移らない黒い瞳。
 以前シゥを帯刃で拘束し、妖精炎を封じていた。シゥのような直接戦闘ではなく、ノアは補助系を主軸にしている。拘束術や妖精炎封じなども得意なのだろう。
「……あなたが一緒ですか?」
 ニニルがノアに目を向ける。嫌悪感の映った橙色の瞳。
「ん。気に入らないのか?」
「ええ。その黒いのは異端の妖精ですからね」
 千景の問いに、ニニルは頷く。忌々しげに。と、同時に恐怖を含んだ口調だった。
 ノアは表情を変えない。
「あなたは知らないようですけど、本来フィフニル族には存在しないのですよ。黒い天然色は。死と破滅の色の黒い妖精……気味の悪い存在ですわ」
「なるほどね」
 生まれが特別とはシゥの言葉だ。おそらく人工的に作られたフィフニル族なのだろう。加えて、本来持ち得ない属性を付加された。ピアやシゥは相応の力があるため、ノアを恐れることはないが、ニニルにとっては気味の悪い存在のようだ。
 思い返してみると、ネイもどこかノアを怖がっていたように思える。
 が、千景は鼻を鳴らし、言い切った。
「そういう話は後で聞く。さっさと行くぞ。のんびりしてたら日が暮れる」
 ニニルを抱え上げる。手足を拘束され、妖精炎魔法による飛行もできない。協会支部に連れて行くには、千景が直接持って行く必要があった。
「了解です」
 ノアが頷いた。

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13/6/27