Index Top 第5話 割と平穏な週末

第5章 刀のカタログ


 凉子に呼び出され、近所の河原へと向かう。
 河川敷にある小さな緑地帯で、時々ラジコンなどが飛んでいたりする。日曜日だが、今日は誰もいない。キツネの姿のまま、リリルと一緒に階段を下りていく。凉子からリリルを連れてくるように言われていたので、適当に説き伏せて連れきた。
「おーい」
 凉子が手を振っている。黒装束に白い羽織、腰に三本の刀。この服装は死神の制服らしい。仕事の時は内容に関わらず、基本的にこの格好だと言う。
 浩介は右手を挙げた。尻尾を動かしながら、右手を振る。
「おーう」
「あれ、誰だ?」
 リリルの指差す先には、ベンチに座る一人の青年。デニムのシャツに白いズボンという格好。傍らには鞄と小型の工具箱。近くには自転車が停めてあった。
 背を向けていて顔は見えないが、想像はつく。
「日暈慎一……」
 戦くように、その名を呻いた。周囲を見回し結奈がいないか確認しながら。
 浩介の呟きに、リリルが反応する。
「日暈って、斬天の日暈か?」
「そうらしい」
 不安げなその問いに、浩介は頷いた。守護十家のひとつ日暈宗家の次男。現実味はないが、大物である。身近にこんな人間がいるとは思わなかった。
 リリルが眉間にしわを寄せる。
「アタシには関係ないね。触らぬ神に祟りなし。下準備ナシで勝てる相手じゃないし、守護十家に目を付けられるのは正直ゾッとしないし……」
「時間ぴったりかな」
 駆け寄ってきた凉子が言ってきた。
 浩介はちらりと慎一を見る。何かに集中しているらしく、浩介には目もくれない。黙々と作業に没頭していた。肩の動きからするに小物を削っているようである。
「何であいつがいるんだ? ……ここで戦闘術教えるとか言われたら俺は逃げるぞ。捕まるのは目に見えてるけど、俺は逃げるぞ。生物の持つ生存本能のままに」
「別にそういうわけじゃない」
 その台詞を言ったのは慎一だった。
 立ち上がって、浩介を見ている。葉書大の薄い銀板と極細の糸鋸を横に置いてから、鞄からA4サイズの紙を取り出す。何の加工をしているかは不明だった。
「ひとつ好きなの選んでくれ。代金は草眞さんが払ってくれるらしいから」
 言いながら、投げてくる慎一。
 紙飛行機のようにきれいに飛んできた用紙を受け取り、表紙を見る。
『三級破魔刀2005年版 日本退魔師協会 破魔刀制作部』
「カタログ?」
「量産破魔刀のカタログだ。術式は草眞さんが組み込むって言ってたから、術式を組み込む前のものを草眞さんに送ることになる。値段は五割引くらいかな」
 慎一の話を聞き流しながら、それを眺める。
 質素な表紙の文字と、打刀の写真。開いてみると、予想通り破魔刀のパンフレットのようだった。刃渡り四尺以上の大物から、短刀まで。鉈のような刃物や斧、槍から弓矢まである。全部で二十五種類。それでも、刀が多いようだった。
「おー。凄い」
 尻尾がぱたぱたと動く。それぞれの刃物の特性や使用方法が詳しく記されていた。男として、刀剣類は憧れでありロマンである。値段は十万円から百二十万円ほど。
「破魔刀のカタログなんて始めて見るけど。……高くないか?」
 じっと慎一を見る。値切れるかとも思ったのだが――
 慎一は何度か考えるように頷いてから、
「これでも安くなったんだ。昔は破魔刀も式服も全部手作りで、現在の価値にして数百万円掛かった。今は機械生産で三級品は数十万円の価格に落ち着いている。伝統技術を機械化するのには反対もあったし、大量生産といっても作られる量には限度がある」
 遠くを見るような眼差しを空に向けて、
「それでも一人一装備が実現できたのは特筆に値するよ。世界中でも一人一装備が実現されている国は少ないし、先進国でも七割くらいだ。でも、装備の普及率上がっても退魔師協会の予算は増えない……」
「すみませんでした」
 生々しい告白に、浩介はすぐさま頭を下げた。
 慎一は息をつく。口調を戻して言ってきた。
「今すぐ決める必要はない。どうせ警察官の拳銃くらいの意味合いだ。武器持って斬った張ったの大乱闘するわけでもないし、有り体に言って飾りだしな。飾りだからって四尺三寸の野太刀なんか選ぶなよ」
「俺にはどんな武器が合うんだ?」
「僕に訊かれても」
 何となく呟いた質問に、慎一は頭を掻く。
「個人の相性もあるし、流派の違いもある。樫切の場合は草眞さんの使う武器を真似ればいいんだろうけど、あの人は武器は使わない主義らしい」
「そうか」
 草眞の十八番にして切り札、錬身の術。体組織全てを自在に操る。武器の間合いも関係ない。そこまで使いこなせるかと問われれば否だろう。
 慎一は浩介から眼を離し、
「そういうわけで選んでてくれ。僕はこっちに用がある」
「やっぱりな」
 視線を向けられ、リリルはげんなりと呻く。
 さっきも慎一に目を付けられることを嫌がっていた。リリルは元は盗賊である。そういう職種の人間に名前が知られるのは気乗りがしないのだろう。
 慎一は浩介と凉子を順番に見やり、
「ここじゃ話しづらいからこっちで」
 手招きして歩き出す。
 凉子が手を振って見送った。


 リリルはその男の背中を見つめていた。
「ヒガサ……」
 日本最強の退魔師一族。戦うしか能がないのが欠点であるものの、こと戦闘に置いては右に出る者はいない。馬鹿正直に誰よりも強いことを役割としている。一族としての強さならば世界の五指に入るだろう。
 宗家の次男。一族内では弱い部類に入るが、他の退魔師と比較すれば十分強い。今の姿では勝ち目はない。以前の状態でも、食付くのが限度だろう。日暈の十八番である限開式を使われたら、逃げるしかない。
「怯える必要もないんだけどな」
 戦わなければ至って大人しい。強い力を持つ者は、おのずと自制心が強くなる。強者が傍若無人であるというのはお話の中だけだ。そうでなければとうに自滅している。
 ふと慎一が声を上げた。肩越しに振り向いてくる。
「リリル……だったか?」
「そうだ」
 ここは素直に頷く。どこまで知ってるかは不明だが、ある程度は適当に答えておいた方がいい。追求されたらその時考える。
「本題に入る前にひとつ。そういう服装流行ってるのか?」
「違う。深くは突っ込むな……」
 額を押さえ、リリルは呻いた。出鼻を挫かれる。いきなり最も訊かれたくない質問のひとつをぶつけられた。心を抉るような問いかけ。
「分かった。深くは訊かない」
 慎一は足を止め振り返ってきた。真面目そう、というよりも淡泊な表情。お世辞で言うならば、ストイックとも言えるだろうか。
 リリルは気を取り直して相手を見据える。
「アタシに話って何だ? 確かお前は妖精と契約してるって聞いてるけど、それについてだろ。魔族と妖精は相性が悪いって言うしな」
「他の精霊とすぐには会えないってそういう意味なのか」
 驚いたような顔をする慎一。
「僕は精霊族のことはよく知らない。君のこと話したら様子を見てきてくれってて言われた。僕が危ないと感じなければ大丈夫って言われたよ。それについてどう思う?」
「あいつらがそう言うのならそうなんだろうな」
 妖精のことは自分もよく知らない。精霊族の中でも特異な連中だ。魔族の考え方は通用しない。妖精の意図には逆らわない、というのが先輩から聞かされた対処方だった。会う機会も少ないし妖精が無茶を言うこともないので実害はない。
「じゃ、別の質問だ」

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