Index Top 艦隊これくしょんSS 進め、百里浜艦娘艦隊

第5話 色々な過去


 くたりと、しおれているアホ毛。
「だいじょぶ、球磨姉ぇ?」
 若干引きつつ北上は姉の様子を眺めていた。球磨型姉妹のネームシップとして、妹たちの面倒を見ている長女。色々癖の多い姉妹であるため、気苦労は絶えないのだろう。
 頭を抱え、球磨はぶつぶつと呻いている。
「あれはかなりヤバかったクマ……。ついでに先代の北上も、あのクレイジーサイコレズと普通に接するよーな、まるで太平洋の心の広い――というか超鈍感系だったクマ。球磨も胃が痛かったクマ」
 と、お腹を押さえる。
(凄かったんだねぇ)
 同じ北上として、先代の話は聞いている。北上至上主義の大井と、それを意に介さない超絶マイペースな北上。話半分に考えていたが、球磨の様子を見るにおおむね事実のようだった。強烈な性格だが二人の間で関係が完結していたので、他の艦娘に迷惑はかけていなかったらしい。
(これは、やっぱりね。前々から思ってたんだけど)
 十数秒、天井に視線を泳がせてから、北上は口を開いた。
「あのさ、あのさ。あたしたちって、大規模更新組だよね。あたしも大井っちも」
「球磨型姉妹じゃ、木曾もクマ」
 顔を上げ、球磨が付け足す。
 艦娘にはその能力を維持できる時間に限界がある。いわゆる寿命のようなものだ。短い者では数年、長ければ数十年。寿命の限界を迎えた艦娘を解体し、その素材で新しい艦娘を建造する事を更新と呼ぶ。
 百里浜基地では約半年前から三ヶ月前までの四半期で、所属艦娘の三割が更新された。
 全国的に類を見ない大規模更新である。
 本来なら定期的に行う更新だが、諸事情により百里浜基地では力の限界を迎えても解体されずに仕事を行う者が多かった。重要航路防衛を行う横須賀鎮守府の補助が仕事の主という立ち位置が災いしたのだろう。結果、基地としての機能に支障が出始め、その事態を重く見た防衛省上層部は一斉更新を決断、今に至る。
 その際には各基地の担当地域の再編や、人事の再編などもなされた。百里浜基地は新造艦娘が戦力として成長するまで、教育に力を入れるように方針が変更された。
 閑話休題。
「艦娘更新ってさ、艦娘の力ほとんど失って人間の女の子に生まれ変わるか、素体と艤装失って、別の艦に生まれ変わるか……どっちかだよね?」
 北上はそう尋ねる。
 艦娘の最後は二種類ある。ひとつは艤装を外し、核と素体を完全に融合させ、生身の少女を作り上げるというもの。その際には艦娘としての能力をほぼ全て失う。
 もうひとつは、核を抜き取り、艤装と素体は資材に分解されるというもの。こちらは実質的な死だ。身体も艤装も全て一度消えるが、多くの場合別の艦娘として再建造される。つまり、更新――生まれ変わりである。
 球磨は腕を組み、右腕を顎に添える。
「大体の娘は、次の世代の艦娘に生まれ変わることを望むクマ。球磨も限界が来たら、更新するクマ。でも、艦娘辞めて人間になった子も知ってるクマ」
 多くの艦娘は更新によって別の艦娘に生まれ変わることを望む。球磨も限界が来たら解体され、別の艦娘に建造されるつもりのようだ。
 もっとも強制ではなく、それぞれの理由から普通の女の子になる者もいる。
 球磨の言ったことを噛み締めてから。
 北上は口を開いた。少し慎重に。
「先代の私と大井っちも更新を選んで、別の艦娘になったんだよね?」
 先代のハイパーズは更新を選んだ。一度解体され、それによって作られた開発素材によって別の艦娘に生まれ変わる。
「大抵の場合、所属場所で新しい別の艦になるっていうけど――」
 特に理由が無い限り、解体された艦娘は、所属する鎮守府や基地、泊地にて新しい艦娘として建造される。
 球磨の頬を冷や汗が流れ落ちる。
 一度息を吸い込み、北上は訊いた。
「あたしって、もしかして前世、大井っちだった?」
「…………」
 何も言わず腕を組み、球磨は壁に背を預けた。
「艦核や装核の扱いは最高機密クマ。球磨は知らないし、調べる権限も持ってないクマ。そっちの管理は提督の仕事だから、提督に訊くクマ。でも、答えるとは思わないクマ」
 北上は自分の胸に手を当てる。心臓部に組み込まれた核。この核が具体的に何なのか、それは最高機密として扱われている。
 疲れたような眼差しを、球磨は北上に向けた。
「でも……北上は、多分あの大井だったと、球磨は考えてるクマ」
「そう」
 目を閉じ、北上は苦笑する。
 一応、自分が大井に強烈な執着心を持っている自覚はあった。本来"北上"にはそのような事は起こらないはずだが、自分を構成しているのが先代クレイジーサイコレズだと考えれば、自分の感情にも納得がいく。
 そして問題がもうひとつ。
「じゃ、大井っちは――」
 ぎらりと目を輝かせ、北上が球磨に問う。
 先代大井はおそらく今の北上になった。なら、先代北上は? 先代北上の性格とよく似た、今の大井。先代北上は更新によって今の大井になったのではないか? そんな考えはたやすく浮かぶ。
「そこまでは何とも言えんクマ」
 投げやりに、球磨は首を振った。
 艦娘の核は最高機密である。情報は解析されているらしいが、一艦娘がその情報に触れるのは不可能だ。
「ま、あたしは大井っちが元々誰だろうと気にしないけどねー」
 肩をすくめ、北上は笑った。
 前世が誰であろうと北上は北上である。そして、大井は大井である。現在そこにいるのは、前世でも来世でもなく、今を生きている北上と大井なのだ。
 ガシ!
 球磨の腕が北上の肩を掴んだ。
「とか言いながら、どこ行くクマ?」
 ごく自然な動きで脱衣所に向かっていた北上。
 球磨に捕まれ足を止める。
 肩越しに振り向き、北上は球磨をまっすぐ見据えた。頬を赤く染め、瞳に意志の輝きを灯し、口元を引き締め、きりっと眉を内側に傾けている。
「大井っちのパン――」
 言い切るよりも早く。
 バンッ。
「よう。ちょーっといいかい?」
 部屋のドアを開け、女が一人入ってきた。
 それだけで、空気の重さが増す。
「あ、寮長……」
 北上は息を呑み、入ってきた女を見上げた。
 歳は四十ほどだろう。背は高い。ウェーブのかかった濃い灰色の髪をポニーテイルに結い上げ、赤いビジネススーツを着崩し、火の点いていない葉巻を咥えている。顔や胸元、腕には大きな火傷跡が走っていた。背中には、布とベルトで縛った巨大な十字架のようなものを担いでいる。
 どう見てもカタギではないこの女が、艦娘寮を管理する寮長である。
「則捲寮長。見回りお疲れクマ」
 球磨が挨拶をする。
 寮長は球磨に軽く手を振ってから、玄関で靴を脱いだ。近くにあった適当なスリッパを引っかけ、北上の目の前まで歩いてくる。
 少し腰を屈め、北上と視線の高さを合わせた。口元に浮かぶ凶暴な微笑。
「何となく危ない気配がしたから、来てみたんだがな。まー、あれだ。イチャイチャするくらいなら誰も何も言わないし、キスくらいまでは大目に見よう。ちょっと危ないシスコンなんてのは――アタシが現役だった頃から普通にいたしな。はは」
 横を向いて、呆れたように空笑い。
 それから再び北上に向き直る。茶色い瞳がまっすぐに北上の瞳を貫いていた。
「ただ、その先の一線越えるのは見逃せないな。いくら仲がよかろうと双方合意の上だろと何だろうと。お前らの生活を預かる身としちゃぁなァ?」
 にやりと口元を歪め、背負った十字架に親指を向ける。布とベルトで包まれたデカブツ。本人曰く、問答無用調停装置パニッシャーくん1号らしい。2号、3号もあるとか。
 音もなく、北上の頬を冷や汗が流れ落ちた。
「それに、憲兵さんの世話になるのは、イヤだろ? ん?」
「はい」
 硬い口調を、北上は返す。
 何か言い返したいが、どうすることもできない。突きつけられる気迫に、北上は固まってしまっていた。艦娘は艤装無しでも人間より数段強い。しかし、北上が寮長と戦ったら確実に負ける。そう確信させるだけの凄みがあった。
 脱衣所のドアが開く。
「あら寮長さん。こんにちは。どうかしました?」
 身体にバスタオルを巻いた大井が、寮長の姿を見て瞬きをしている。バスタオルの胸の部分は大きく押し上げられ、バスタオルの縁からは谷間が覗いていた。お湯で濡れた両足は無駄なく引き締まっている。
 ごくり。
 と北上は喉を鳴らす。
(やっぱり大井っちは大きいねー! これは、思い切り揉みたいねー! 生で揉みしだきたいねェ! あと、太股すりすりぺろぺろしたいね! うん、決めた。あたし、決めた! やる。いつか絶対やる! 球磨姉ぇも寮長も提督も憲兵さんも超える! 超えてやるからね! 今は無理だけど、必ず――!)
 表情は微動だにさせず、静かに決心していた。
「うんや、騒がしかったから覗いただけだ。邪魔したな」
 寮長は片手を上げ、大井に笑いかける。北上に向けた威嚇の表情ではない。気さくな笑顔だった。見た目はどこぞのマフィアな寮長だが、真面目に生活している子には普通に優しく面倒見も良い。顔は怖いが。
「っと、そうだ。演習の疲れはゆっくり休んで明日に残すなよ?」
 軽く手を振ってから、北上を睨み付け、
「お前は自重しろ」
 しっかりと釘を刺してから部屋を出て行った。
 ドアが閉まり、大井も風呂に戻っていく。
 ダイニングに残された北上と球磨。
「ねえねえ、球磨姉ぇ」
 北上は球磨を見やり、問いかけた。
「寮長ってさ、元艦娘なんだよね?」
 艦娘は艦娘の能力を失うことで、生身の少女になることができる。もっとも、完全な人間になるわけではない。寮長は艦娘の能力を失い、生身の少女になったという過去を持っている。二十年以上も昔の話らしいが。
「そう聞いてるクマ」
 頷く球磨。
「……あんな子いた?」
 艦娘から人間になっても、普通は元は何の艦娘だったか分かるものだ。髪型や身長体型が変わっても、艦娘の気配は確実に残る。寮長には艦娘の気配がある。だが、元々何だったのかは分からない。今は存在しない種類の艦娘かと思うほどに。
「というか、あんなに変わるものなの?」
「むーぅ」
 球磨は眉間にしわを寄せ、話し始めた。
「球磨の聞いた話だと……大昔に則捲さんて偉い学者さんの養子になって、しばらくしてから世界を見てくるとか言って一人旅に飛び出して、一回音信不通になって何年か経ってふらっと戻ってきたらあんなんなってたみたいクマ……」
 簡潔に語られる無茶苦茶な物語。
 球磨自身、寮長の変化が納得できていないようだった。
「本人の話だとロシアの方で色々遊んでたらしいクマ。具体的に何してたかは知らないクマ。で、なんやかんやあって十年くらい前からうちで寮長やってるクマ」
「まさに人生波瀾万丈だね……。自叙伝書いたら絶対に売れるねぇ」
 どこか投げやりに、北上は呟いた。

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先代北上、先代大井
超絶鈍感マイペースとクレイジーサイコレズのハイパーズコンビ。レベルは80くらい。
どちらも性格に難ありだが、当人たちの間で関係は完結していたので、他の艦娘に迷惑をかけることはなかった模様。球磨の胃痛の種。
大規模更新に伴い解体される。

『更新』
オリジナル設定。
艦娘を解体し、その素材で新しい艦娘を作る事。平たく言うと生まれ変わり。
艦娘の力は数年から数十年で限界を迎える。いわば寿命であり、寿命を迎えた艦娘は、艦娘の力を失い生身の女の子になるか、解体されて別の艦娘に生まれ変わるかのどちらかを選ぶことになる。後者を更新と呼び、多くの艦娘は更新を選ぶ。
百里浜基地では半年前からの四半期で、基地内の艦娘の三割を更新した。


寮長
オリキャラカッコカリ。
球磨には則捲寮長と呼ばれる。名前は不明。
濃い灰色の髪の毛をポニーテイルにした四十ほどの女。顔や腕、胸元など全身に削ったような火傷跡がある。布とベルトを巻いた巨大な十字架をいつも持っている。十字架は問答無用調停装置パニッシャーくん1号という名前らしい。2号、3号もある。
寮の風紀を乱す者は容赦なく制裁するが、真面目に生活している艦娘には優しい。

元艦娘だが、元は何の艦だったのかは不明。世界を見て回る一人旅の最中、ロシアで色々遊んでいたら別人になっていたらしい。
14/6/29