Index Top 第1話 初めての仕事

第6章 探索開始


 エレベーターを降り、大きな部屋に出る。
 小さな体育館ほどの空間。部屋にある扉はよっつ。アイディたちが出てきた小型エレベーターの扉と、機械搬入用の大型エレベーターの扉。右側には機械室と記された扉。そちらは水を地上まで押し上げる大型ポンプが設置されている。
 最後に、正面に見える大きな扉。縦七メートル横十メートルほどの観音開きだ。
「分厚い扉ですね」
 眼鏡を動かし、アイディは正面の扉を観察する。
 一目で分かるほどに頑強な造りだった。銀行の大金庫を思わせる無骨で重厚な扉。地下大河の取水塔へと続く扉である。扉の中央に読取機が取り付けられていた。
 アルベルが扉へと歩いていく。
 手で軽く扉を叩きながら、振り向いてきた。
「内訳は機密だが、特殊合金とセラミックの複合構造で、厚さは約一メートル。理術による強化も施してあるから、そう簡単には壊せない」
 さながら戦車の装甲である。いや、戦車装甲以上だろう。過剰とも言えるほどの強度だった。生半可な力では傷も付けられない。
 クラウが扉を見つめ、
「ここまで頑丈にする必要は無んだが。惑星開拓初期の頃は水源局の乗っ取り企てたテロリストがいたからな。万一壊されたら都市機能が止まる」
 今でこそおおむね安定しているが、開拓初期は情勢が不安定だった。都市機能の掌握を狙い、発電所や水源管理局を狙うテロリストもそれなりにいたらしい。
 現在でもこの扉を開けるには、中央議会の承認が必要だ。
 扉の表面に手を触れ、クラウが目を細める。
「ただ、これも破る気になれば破れる」
 頑丈とは言っても無敵の物質ではない。いかに強度を高めていても、十分な衝撃を与えればどんなものでも壊れるのだ。クラウが本気で壊しにかかれば、扉は壊れるだろう。
「ワシなら三分と二秒だ」
 口端を上げるアルベル。
 眉を寄せ、アイディは尋ねた。
「何ですか、その中途半端な時間は……?」
 頬を冷や汗が流れ落ちる。
 三分なら理解できた。何かしらの方法を用いて三分で扉を破壊する。アルベルならばそれが可能だろう。そういう意味では理解できる。だが、二秒の意味が分からない。
 アルベルが懐に手を入れた。
 取り出したのは銀色の箱。いわゆるシガレットケースである。
「まず一服。これで三分かかる。それから、ガツンと一発ぶち破る。以上だ」
 右拳を持ち上げ、きっぱりと言ってのけた。
 つまり、一発でぶち破れるという事である。高硬度合金とセラミックの複合構造の扉。さらに、理術による恒常強化も施してある。さながらシェルターの外壁のような代物だ。まともな方法では破壊できない扉を、素手の一発で破壊できると主張している。
 アイディは乾いた笑みを浮かべながら、
「冗談――」
 クラウを見る。
「ですよね? ――冗談と言って下さい!」
 疲れた顔でため息を付くクラウに、泣きたい気分で叫ぶ。
 この世の中は物の理によって動いている。何らかの現象を起こすには、それ相応のエネルギーが必要であり、それを生み出すにはまた相応の仕組みが必要だ。理術はその物の理を超える事を可能とする仕組みであるが、また理術自体も理術の理に縛られている。つまり出来ない事は出来ない。
 だが、アルベルの発現はその理を容易く踏みつぶすような内容だった。しかも、クラウの反応を見るに冗談の類ではないらしい。無茶苦茶だった。
 扉の読取機にパスワードなどを入力しながら、アルベルが笑う。
「お嬢さん、細かい事を気にすると疲れるぞ」
「うー……」
 アイディは力無く呻いた。


 カツカツ……
 鉄製の階段を叩く靴の音。
 遙か下から響く重い水音。
「ここが地下大河ですか」
 周囲の暗闇を眺めながら、アイディは息を呑む。
 地下大河は砂岩化した砂と、本来の地面である岩石層の間に通る巨大な洞窟だ。小さいものから大きなものまで、洞窟は枝のように伸びている。大河の本流はクレセント市の西側から南側に向かって流れていた。都市部の地下には支流はほとんど存在しない。
「大きいですね」
 アイディは単純な感想を口にした。
「資料では知っていますが、やはり実物は凄いです……」
 漆黒の洞窟。その壁は見えない。
 クレセント市周辺で最も大きな地下大河。高さ百五十メートル、幅百二十メートルの洞窟である。大河は深さおよそ五十メートル。給水パイプや貨物運搬用エレベータなどが集まった給水塔が無骨に突き立っている。給水塔は機能停止中で、エレベーターも止まっているため、アイディたちは非常階段を下りていた。
「クレセント市の水は全てここから取られている」
 アイディの前を歩くクラウが言ってくる。
 明かりは給水塔に取り付けられた電球のみ。その光量も決して大きくない。空間を埋める闇と真下を流れる大量の水。空気の圧迫感も含めて、幻想的な場所だった。
「街にいくつかある、最重要設備のひとつだ。早めにキマイラを倒して修理しないと、都市機能が止まる可能性がある。給水制限とかが出てないから、ただちに問題があるってほどでもないけど」
 給水塔の灰色の壁を眺め、クラウが説明する。
 給水塔上部から折り返して伸びる非常階段。真横の虚空と階段を隔てるものは、細い手摺しかない。使うことをほとんど想定していないためだった。
 先頭を歩くアルベルが振り向いてくる。
「それにはまず、敵がどこにいるか探さないといかん」
「だな」
 クラウが同意する。
 キマイラは周囲にある外敵と認識したものを攻撃する。それをどのように認識しているのかは詳しく分かっていない。ただ、いくつか法則は存在する。外敵を攻撃し、無力化したと判断したら次の標的を探し、探知範囲に標的が無ければ休止状態となる。
 つまり、現在キマイラはどこかで休止状態となっているはずだ。
 休止状態のキマイラを探すのは容易でない。
 地上ならともかくこの地下深くでは、その難易度はさらに跳ね上がる。
 上着の懐からシガレットケースを取り出しながら、アルベルが続ける。
「この大河がどうなっているのかは、まだよく分かっていない。人工地震による調査はされているが、直接調査はまだまだだ。調査するにも迂闊に人を入れられないからな」
 大河の流れや仕組みはおおむね解明されているが、直接調査はあまりなされていない。調査が危険ということも理由だろう。
 ぱたぱたと上着を叩くアルベル。ライターを探しているらしい。
「もし人間がここに落ちたら助かる見込みは無い。見つかる見込みも無い」
 ズボンのポケットから葉巻用のライターを取り出し、振り向いてくる。
 足を止め、口元に不敵な笑みを浮かべながら。
「つまり、死体を処分するには最適だ」
 低く抑えた声で言ってくる。
 黒い瞳に映る気迫に、アイディは引きつった笑みを見せた。右手を動かしながら、
「相変わらず物騒な事言うのが好きで――」
「羊肉〈ムートン〉ショットォ!」
 ガゴォッ!
 一瞬。
 何が起こったのか理解できなかった。
 左手を持ち上げかけたクラウに、アルベルの後回蹴りが突き刺さる。脇腹へと一撃。辛うじて認識できるほどの速度で、踵が真横に振り抜かれていた。
「ええええ……!」
 呆然と口を開け、アイディは目の前の光景をただ眺めることしかできない。
 叩き込まれた運動エネルギーによってクラウが飛ぶ。手摺を引き千切り、虚空へと。
 闇の中へと消えるクラウを目で追い掛け、それでもアイディは動いていた。思考の届かない条件反射で。すぐさま理術を組み上げ、空中のクラウへと右手を伸ばす。
「クローショット」
 手から放たれた理力が、三本の鉤爪の付いたワイヤーを具現化させる。鉤爪はかなり強い力で食い込むので、人を捕まえるのには向かない。しかし、緊急事態なので文句は言っていられない。守護機士は人間よりも丈夫なので問題は無いだろう。
 矢のように撃ち出された鉤爪がクラウを捕える。
「捕まえました!」
 暗闇で見えないが、鉤爪が食い込む手応えがあった。
 すぐさま術式を組み替え、ワイヤーを縮めようとして。
 気楽な声が横から聞こえた。
「ふむ。君も一緒に行くのか。ならこれを持っていきなさい。こんな事もあろうかと持ってきておいた。備えあれば憂い無しというヤツだな。はっはっ」
「へ?」
 左手首に小さな重さが掛かる。何かを付けられた。
 それが何かを確認するよりも早く、アイディの両足が払らわれる。体重の支点を失い身体が傾いた。さらに左手を掴まれ、視界が一転する。全てが流れるように。
「君はあいつほど頑丈ではないだろうから、ちゃんと探してあげよう」
 ひどく暢気なアルベルの声。
 気がつくと、アイディは上下逆さまで空中にいた。
 アルベルに足を払われ、放り投げられている。すぐさま左手でクローショットを作り、取水塔を捕まえれば戻れただろう。だが、そこまで考えが回らなかった。
 身体を包む浮遊感の中、非常階段に立ったまま楽しそうに手を振るアルベルの姿が目に入る。悪戯の成功した子供のような、無邪気な笑顔だ。
 シガレットケースから取り出した葉巻を咥えながら、
「だから、死なないように頑張りなさい」
「えええええ――?」
 どうする事もできず、アイディは重力に引かれて落ちていく。


 ドボン。
 真下から聞こえた水音。
 クラウとアイディが地下大河に落ちたようだ。
「さて、下準備は完了」
 火の付いた葉巻を咥え、アルベルは反対側の手摺に腰を預ける。緩く腕を組み、目を閉じた。事はおおむね予定通りに進んでいる。急ぐ理由はない。
「獲物が掛かるまでしばし一服」
 紫煙を静かに吹き出し、のんびりと独りごちた。

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取水塔
水源管理局が作った地下大河から水を汲み上げる設備。都市の最重要設備のひとつであるため、入り口は非常に厳重に封印されている。取水塔に入るには特殊な資格保有者か、中央議会からの承認が必要。
エレベーターで地下大河の上部まで移動し、そこから取水塔に入る。その扉も極めて堅固。取水塔は取水管と放流管、取水用大型ポンプ、作業用エレベーター、非常階段からなる。


羊肉〈ムートン〉ショット
超高速で放たれる後回蹴り。
13/5/16