Index Top 第1話 初めての仕事

第3章 衝撃の――


 一瞬――
 瞬きひとつ分にも満たない時間。
 クラウの手から無数の褪せた金色の破片が生まれた。破片は瞬く間に集束し、一振りの剣を作り上げる。全長およそ二メートル。柄はおよそ五十センチ。剣身は白い両刃でおよそ百五十センチで身幅は三センチほど。刃は厚さを感じさせにほどに薄い。柄から左右に伸びた五十センチほど棒状の鍔。
 それは、まるで十字架だった。
 理術による物質の召喚。
「ちょっとクラウさん?」
 アイディは顔を強張らせながら、右手を差し出した。クラウを制止するように。
 クラウと同じ名を持つクラウ・ソラス。災害級の怪物であるキマイラを破壊するための武器であり、人間に向けるものではない。たとえ相手が銃器を持っていても、だ。
 クラウが剣を逆手に構えた。左手を剣身の腹に添える。
「覚悟!」
 男達がトリガーを引いた。
 バババババババババ!
 爆音とともに撃ち出される弾丸。
 と同時に、クラウが剣を動かした。目にも止まらぬ速度で上下に刃を移動させ、跳び来る銃弾をことごとく受け止める。四人が同時に放つ無数の弾丸、それを全て見切りその軌道上に剣を移動させていた。その動体視力と反射速度は、人間の理解を超えている。
 銃声が止む。
「あれ?」
 アイディは足元に視線を落とした。
 床に散らばっている、大量の小さな粒。直径六ミリの白い玉。銃弾ではない。
「これって……サバイバルゲームのモデルガン……ですか?」
 足元に転がってきたソレを指で摘み上げる。サバイバルゲームに使われるBB弾だ。
 よく見ると男たちの持っている機関銃も、本物ではない。サバイバルゲームに使われるモデルガンだ。電池とモーターでBB弾を撃ち出す構造。実銃ではないとはいえ、その連射速度はかなりのものであり、それを全て受け止めたクラウの実力は本物だ。
 カツと靴がコンクリートを叩く音。
 覆面たちが左右に移動した。
「こんな所にいたか。随分と探したぞ、クラウ・ソラス」
 正面から聞こえた声に、アイディは視線を移す。
 クラウの正面の柵に、中年の男が一人背を預けていた。さっきまではいなかった。少なくともアイディはいなかったと記憶している。しかし、今はそこにいた。
 五十歳ほどの男だった。中分けの黒い髪と、彫りの深い顔立ち。もみあげと繋がった顎髭とぴんと整えられたカイゼル髭を生やし、右目に片眼鏡を付けていた。がっしりとした体躯に、紺色の高級なスーツを纏っている。
 覆面たちが現われた男に一礼する。
「こんな所で立ち話も何だ。ちょっと一緒に来て貰おうか」
 男は柵から背を離し、クラウに向かって足を進めた。右足と左足を交互に出す、普通の歩き方。それなのに、得体の知れない迫力がある。
 口元に薄く不敵な笑みを浮かべ、近付いてくる男。
「衝撃の――」
 ため息混じりに、クラウが呻く。
 衝撃の。それが男のふたつ名のようだった。
 次の瞬間。
 男の姿が消えた。
「!」
 息を呑むアイディ。
 消えたと錯覚するほどの速度。
 ギィンッ!
 軋むような金属音が周囲に響く。小さな風圧がアイディの頬を叩いた。
 男が突き出した右拳をクラウが剣の腹で受け止めている。
「ぐ……」
 歯を食い縛り、半歩退くクラウ。
「何ですか、今のは――」
 理解不能な展開に、アイディはただ呆然と呟くだけだった。
 瞬間移動したかと思うほどの超高速の移動から、勢いを乗せた正拳突き。やっている事は単純だ。その速度と重さが理解の外だった。最高位の理術使いならば可能な動きだろうが、男は理術を使っていない。
 怪物相手に戦うように作られた守護機士を押すほどの力。
「来い。クラウ・ソラス」
 腕を引き、後ろに跳び退く男。
「ああ。毎度毎度、飽きもせず。相手をする僕の身にもなってみろ……」
 愚痴を言いながら、クラウが逆手に持っていた剣を順手に持ち替えた。右手で柄の縁を握り、左手で柄頭を握る。そのまま左足を前に出し、剣身を真上に向けた。いわゆる八相の構え。
 さらに、青白い理力が燃え上がる。
「これは――」
 息が止まるほどの圧迫感。
 組み上げられる術式。内容自体は簡素なものだった。腕力強化の剛力の術、速度強化の瞬身の術、武器攻撃力強化の破鉄の術。それを同時に発動させる。アイディと鬼ごっこをしていた時よりも数倍の出力で。
「待って下さい、クラウさん……!」
 慌てて声を上げるアイディだが、誰も聞いていない。
 守護機士は災害の魔獣キマイラを破壊するために作られた戦闘用アンドロイド。その武器クラウ・ソラスは同じくキマイラを破壊するための強力な武器。さらに、桁違いの力で組み上げた強化術。それを向けているのは、生身の人間。
 無茶苦茶だった。
 ダンッ!
 コンクリートの床を凹ませ、クラウが走った。
 辛うじて認識できるほどの速度から、躊躇無く振下ろされる剣。手加減をしているのか本気なのかは分からない。それでも、それは完全に斬り殺す斬撃である。
「ふん」
 薄く笑いながら、男が無造作に左手を上げた。
 青白い火花が散る。
「――!」
 続けて起こった現実に、アイディは固まる。
 振下ろされた剣を、男は左手で掴み止めていた。
 ジジジ……
 何かの焦げるようなノイズが、男が掴んだ剣身から漏れている。
 人間など一撃で両断――どころか、粉微塵にするような斬撃を、素手で受け止めた。何かしら特殊な理術を使えば可能かもしれないが、男は理術を使っていない。
 つまり、素の身体能力のみでクラウの攻撃を受け止めた。
「人間じゃないですよ……」
 声なき声が口からこぼれる。
 常識を置き去りにした現実が、目の前で展開されている。緩慢な時間の流れ、クラウが飛び出してからまだ一秒も経っていない。
 それだけでは終わらなかった。
「でやぁっ!」
 裂帛の気合いとともに、男が左手を振り上げる。重心移動を利用した柔術系の技術なのだろう。振り下ろされた剣の勢いを利用し、クラウを空中へと舞い上げた。
 クラウが顔をしかめる。
 男は右手を腰溜めに構えた。
「飛べ、衝撃波ァ!」
 ボッ!
 轟音とともに、クラウが消える。
 アイディの身体を叩く衝撃。それは衝撃波だった。超音速で動く物体から生まれる圧力波の一種である。視覚で捉えることもできない速度で突き出された男の右手。その手の平から放たれた衝撃波が、クラウを吹っ飛ばしていた。
 アイディが振り返ると、遙か彼方まで飛んでいくクラウの姿があった。
 数百メートルは飛んでいるだろう。
「………」
 何も言えずに男に向き直る。
 男は左手に掴んでいたクラウの剣の前後を入れ換える。
「さらに、駄目押し!」
 槍投げのように、思い切り放り投げた。
 反射的にアイディは視線で剣を追う。
 空を裂き、一直線に突き進む剣が、落下するクラウを直撃した。遠すぎてどうなったのかは分からないが、クラウは落ちる軌道を変えてビルの隙間に消えた。
「ふむ。ま、相変わらずのようだな、あいつは」
 顎に手を当てながら、男が涼しげに頷いている。
 理術も使わず守護機士を吹っ飛ばした男。見た目こそ人間ではあるが、やっている事は人間の枠を軽く踏み外していた。しかも自分がやった事に何も疑問も持っていない。
「えっと……」
 アイディはただ固まることしかできなかった。
 何が何だかわからない。
「ところで、そこのぐるぐる眼鏡のお嬢さん。ちょっといいかな?」
「はい?」
 声を掛けられ、アイディは男に向き直った。
 殺気や敵意は無い。
 男はアイディの姿をしげしげと眺めてから、
「その格好からするに書記士のようだが?」
「ええ、まぁ……」
 アイディは気の抜けた声で肯定した。

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クラウ・ソラス
クラウが持つ武器。全長二メートルもある十字架のような剣。柄と鍔は褪せた金色で、刃は両刃で白色。キマイラを破壊するための武器であり、非常識な強度と切断力を持つ。
普段は仮想空間に収納し、必要な時は一瞬で召喚する。

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