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第31話 雪は積もり始める


 クロノが床下から引っ張り出したストーブ。
 白い台の上に、ガラスの円筒があり、ガラス内部では赤い石が強い熱を発していた。熱を作り出す石らしい。燃料が燃えているわけではないようだった。その熱を反射させる金属の鏡と、手が触れないように作られた金網。
 煙突などは付いていない。
「……不思議なストーブだ」
 僕は椅子に座ってストーブを眺めていた。
 僕の知識にある"ストーブ"には似ているけど、そっちは油やガスを燃やして熱を発生させるもの。このストーブのように、直接熱源を置くようなものじゃない。
「ここにあるものに付いて深く考えても意味はないぞ。そういうものだ」
 ストーブの前に陣取ったクロノ。
 床に敷かれた絨毯に寝そべり、ストーブの熱を全身で受け止めている。前足の上に顎を伸せ、両目を瞑っていた。力を抜いた尻尾がゆらゆらと左右に揺れている。
 これはしばらく動かないだろう……。
「暖かい」
 ストーブの近くに浮かんだイベリスが、熱を放つ赤い石を眺めていた。
「これなら冬の間も安心できる」
「ねエ」
 ふと目を向けると、シデンがいた。
 隣の椅子に立っている。左目を隠す白い眼帯。黄色い右目で僕を見ていた。
「この間の約束。あなたの肩にワタシを乗せルという約束。あなたの肩に乗ってみたイ」
 少し前にロアに身体を揺らさない歩き方を教えて貰った。そのおかげでイベリスを肩に乗せて歩けるようになった。その様子を見ていたシデンが肩に乗りたいと言っていたことを思い出す。約束をしたのは、僕ではなくイベリスなんだけけど。
「今?」
「今」
 シデンが即答する。
 それに答えたのは、イベリスだった。
 赤い瞳をシデンに向け、三角帽子のツバを撫でる。
「構わない」
「ありがとウ」
 頷くシデン。
 それは、僕がするべき返事じゃないかな?
 ため息混じりにイベリスを見るが、赤い瞳を向けてくるだけだった。
 シデンが動く。自分が立っている椅子を蹴って一度跳んでから、僕の座っている椅子の背を踏み台に、僕の肩に両足をかける。肩車の体勢。
「うん。いい感ジ」
 両手を僕の頭に乗せ、そう呟いている。
 クロノが片目を開けていた。目蓋を半分くらい持ち上げ、黒い瞳で僕を見る。前脚で顔を擦ってから、宙に浮かんでいるイベリスに目をやった。
「イベリスは俺の上に乗ってていいぞ。飛んでるよりは楽だろうし、お嬢の評価じゃ九十八点らしい。どういう基準なのかは俺も分からないけどな」
「お言葉に甘えさせてもらう」
 指で三角帽子を動かし、イベリスはクロノの頭に降りる。たてがみのような黒い毛。両足を伸ばして頭に座り、ぼんやりとストーブを眺めていた。
 僕は椅子から立ち上がった。
 窓の近くへと歩いていく。身体をあまり揺らさないように。ロアの歩き方を真似したもので、普通に歩くのとは少し違う足の動かし方だ。重心を安定させて移動する、格闘の技術らしい。それを僕が使えるのは、そういう事をやっていたからなんだろう。
「本当に揺れなイ」
 シデンが感心したように頷いている。
 窓の外に見える景色は白く染まっていた。地面や木々、柵や石まで。空は灰色で、雨雲のようにむらもない。音もなく降り続ける雪が、全てを覆っていく。
「もう積もってるな」
「いつもの初雪は五センチくらい積もル。でも今年はどうなるか分からなイ。すぐにやむかもしれなイ。もっと積もるかもしれナイ」
 窓に映るシデンの顔。僕の肩に乗ったまま、じっと外を見つめている。感情を映さぬ顔と淡々とした瞳。人形的というか、機械的というか不思議な感じだ。
「シデンって、ここに来てどれくらい経つんだ?」
 僕はそう訊いてみた。
「七年目」
 簡潔な答えが返ってくる。
 窓の外では雪が降り続けていた。雨とは違い、音は無い。白い雪の結晶が静かに落ち、地面に積もっていく。窓辺に落ちた雪は部屋の温度で溶けているけど。
 落ちていく雪。積もっていく雪……。
「ここに住んでいる人って、最後にはどうなるんだろう?」
 あまりそういう事を話す事はないけど、気にはなる。これから先、僕がどうなるのか。単純に訊くのが怖いというのもあったけど。
「分からなイ。成長もしないし、老化もしなイ、死ぬこともなイ。一番古い人は、百年以上ここにいる。ずっと静かに暮らしていル」
 シデンが振り返る。
 ストーブの前で寝そべっているクロノと、その頭の上に座っているイベリス。主と従者。ここにはそんなシステムがある。いつも僕の近くにいるイベリス。まるで僕を監視しているようでもあった。
「まるで死後の世界――だ」
「そうなのかもしれなイ」
 シデンは否定もせずに頷いている。

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11/11/13