Index Top 一尺三寸福ノ神 後日談

第48話 見つけた小さな女の子


 一樹は自転車に乗って、道路を走っていた。
 青い空と白い雲。よく晴れて気温は下がる、関東地方の平均的な冬の天気だった。冷たい空気が、着込んだコートの隙間から肌を撫でる。
「さすが主さまの作った防寒服なのです。本当に暖かいのです。全然寒くないのです。これなら、どこにでも行けるのです」
 自転車のカゴに入っている鈴音が、楽しそうに笑っていた。普段の巫女装束に仙治から送られた帽子とマントとマフラーを身に付けている。
 風に吹かれて、大きくなびくマント。これでは着ている意味が薄いように見えるが、これらの服に込められた防寒術が、鈴音に触れる寒さを防いでいるらしい。元々の防寒術も使っているので、この寒さはほぼ遮断できているようだった。
 ふと鈴音が横を向いた。
「一樹サマ。ちょっと止まるのです」
「ん。どうかした?」
 ブレーキを掴み、一樹は一度自転車を止める。
 小さな公園の横だった。休日の昼前という時間帯だが、寒いせいか人の姿は無い。公園の入り口近くには、自動販売機が二台並んでいる。少し奥に行ったところには、ベンチがあった。遊具はあまり置いていない。
 鈴音はその自動販売機を指差す。
「誰か詰まってるのです」
 一樹は自転車から降り、鈴音を胸に抱え上げた。
 自動販売機に近付いてみる。
「……?」
 自動販売機の下の隙間から、誰かの下半身が生えていた。
 紺色の袴と細い脚が見える。女だろう。男の体格ではない。近くに小さな下駄が落ちていた。右足には下駄を履いているので、左足を動かした時に脱げてしまったのだろう。そして、その大きさ。幼児よりも小さい。まるで人形のような小ささだった。
「これって……」
「人間じゃないようなのです。力はそんなに強くないと思うのです」
 一樹の呟きに、鈴音が続ける。
 人間ではない。今、この自動販売機に詰まっているのは、妖怪か神など人外の類だろう。鈴音たちと一緒に暮らすようになってから、一樹はそういうものが見えるようになっていた。鈴音たちの影響らしい。
 一度息を吸ってから、一樹は声をかけた。
「君、何してるの?」
「むっ」
 足が動いた。
 次いで自動販売機の下から声が聞こえてくる。
「そこに誰かいるのか? 落とした百円を拾おうとしたら引っかかって、抜けなくなってしまった。すまないが、引っ張り出して欲しい」
 ぱたぱたと足を動かす。足を引っ張れということらしい。
 一樹は抱えている鈴音に眼を向けた。
「困っている人は助けてあげるべきなのです。情けは人のためならずなのです」
「分かった」
 一樹は見えている足を掴み、それを手前に引っ張った。小さい抵抗とともに、女の子が一人、隙間から外へと引っ張り出される。
「いやはや助かった。ありがとう」
 少女は立ち上がり、落ちていた下駄に足を通して、一樹に向き直った。
「小さな女の子なのです」
 鈴音が口を開いた。
 その言葉通り、少女は小さかった。身長は五十センチより少し大きいくらいだろう。
 見た目は十代半ばくらい。植物の葉を思わせる長い黒髪、落ち着いた光を映す瞳。紺色の縁取りのなされた白衣に、紺色の袴という出立である。色合いは違うものの、巫女服を思わせるような衣装だった。足は裸足に下駄穿きである。
 しかし、少女は鈴音を見上げ、苦笑いとともに言った。
「多分、アタシの方がお前よりも少し大きいぞ?」
 鈴音は身長約四十センチで、およそ人間の四分の一の大きさである。対して、この少女は五十センチ強、人間の三分の一くらいの大きさだ。身長が違うのではなく、身体の縮尺自体が違う。鈴音を見慣れている一樹には違和感があった。
「あなた何者なのです? 多分どこかの神様だと思うのですけど、こんな所で何をしていたのです?」
 鈴音の問いに、少女は背筋を伸ばして、自分の胸に手を当てた。堂々とした微笑みを浮かべ、鈴音を一樹を順番に見つめる。
「アタシは沙雨。神殿所属の雨神だ。日本中を旅しながら、その土地土地の空の気の流れを記録している。地味だけど、大事な仕事だ」
 言い終えてから、自販機の隙間を指差した。
「あと、そこにいた理由は単純、ジュースを買おうとして百円落として、取り出そうと思ったら、腰が引っかかった。そんなつまらない事だ」
 と、乾いた笑みを見せる。
 沙雨は一樹に抱えられた鈴音を見上げた。
「そういうお前こそ何者だ? アタシと同じような人工神のようだが」
「ワタシは鈴音なのです」
 鈴音はそう答え、胸元に下げているお守りを見せた。神霊と書かれた白いお守り袋。それを赤い紐で首から下げている。鈴音曰く依代であり、非常に大事なものらしい。
「憑喪神型の福神なのです。あと、一樹サマの守り神でもあるのです」
 と、得意げに微笑む。鈴音は福神の力を使って、一樹に小さな幸運を運び、災厄を遠ざける。それを守り神と言っているのだろう。
 沙雨が一樹に眼を向けた。
「で、そこの細っこいのは誰だ?」
「細っこいって。ぼくは小森一樹。えっと、何て言ったらいいかな?」
 眉を寄せながら、一樹は考える。問われたのは、鈴音との関係だろう。それをどう言えばいいのかが分からない。説明すると長くなりすぎる。
 鈴音が代わりに口を開いた。得意げに宣言する。
「ワタシの未来のお婿さんなのです」
「ほほう」
 深々と頷く沙雨に、一樹は眼を逸らした。

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12/2/28