Index Top 一尺三寸福ノ神 後日談

中編 決着を付けよう


 暖房の効いた部屋は暖かい。
 鈴音と琴音は、それぞれベッドの両端に陣取り、図書館で借りてきた本を読んでいた。鈴音は風景や植物の写真集を好み、琴音は宇宙関係の写真集を好む。
 どちらも、文字の多い本は苦手のようだった。
 一樹は椅子に座ったまま、パソコンのディスプレイを眺めていた。数学関係のニュースサイトをぼんやりと読んでいく。最近特に目を引く話題はない。
「小森一樹ー、質問なのだ」
 琴音が声をかけてきた。
 本を頭の上に乗せたまま床を歩いてくる。新書の写真集を持ち上げること自体はそれほど大変でもないようだ。鈴音も琴音も小さな見掛けの割に、力はある。
 椅子の傍らまで歩いてきた琴音。
「ちょっと持ち上げてほしいのだ」
「うん」
 一樹は一度椅子を引いてから、腰を屈めて、琴音の両腋に手を差し入れた。そのまま、琴音の身体を持ち上げる。小さな子供を抱き上げるように。さすがに本を持ったまま跳び上がるのは苦労するらしい。持ち上げた琴音を、膝の上に下ろす。
 落ちないように、一樹は左手で琴音のお腹の辺りを支えた。
 琴音は本を机に置き、ページをめくる。
「この天文台ってこの近くみたいなのだ。ちょっと調べて欲しいのだ」
 指したのは、本末の紹介ページだった。天体写真を撮影した天文台が、写真と解説入りで記されている。琴音が示したのはそのひとつ。
 検索サイトに天文台の名前を入れて、地図を開く。
「結構近いね。ここからだと一時間くらいかな? 大学よりも近いみたい」
「近いのだ。今度暇があったら連れていってほしいのだ」
 琴音がモニタを指差す。
「連れて行くとなると、大体このルートになるかな?」
 地図を動かし、おおざっぱに家から駅、駅から目的地までの道順をなぞる。
 何も言わずに、琴音は画面を見つめていた。赤い瞳に好奇心の光を灯し、口を小さく開けている。画面の地図に感心しているようだった。
「待つのです!」
 とっ、という軽い足音。
 視線を移すと、机の上に鈴音が飛び乗ったところだった。
 両足を開き、広げた右手を突き出し、右目を瞑って小難しい表情を見せている。歌舞伎役者などが行う見栄切りのような恰好。
「ワタシをのけ者にして、何をしてしているのです?」
「地図を見ているのだ。楽しいのだ」
 琴音が指差した画面を数秒眺めてから、鈴音はきらりと目を輝かせた。両手を下ろしてから、何度か頷いてみせる。何をしているかは理解したらしい。
「なら、ワタシも混ぜるのです。地図で旅行というのは、色々と面白そうなのです。こういうことは独占はさせないのです。みんなで楽しむのです」
「構わないのだ」
 あっさり頷く琴音。
 ふと厳しい表情を作り、両足に力を入れた。琴音が落ちないように支えていた一樹の左手に自分の左手を乗せ、机の上の鈴音を見上げる。
「だがしかし、ここは渡さないのだ」
 鈴音の目付きに、刃物の輝きが灯る。
「む……? 一樹サマの膝はワタシの特等席なのです。悪いのですが、それは琴音には渡せないのです。今すぐその場所をワタシに譲るのです!」
 両腕を組み、両足を開いて仁王立ちする鈴音。
 両者の間で視線の火花が散る。
「はぁ」
 一樹はため息をついた。
 鈴音も琴音も、何だかんだ言いながら一樹の膝の上にいるのが好きである。普段なら一人なので、取り合いになることもない。だが、二人ではそうもいかないらしい。
「ならば、実力行使で奪ってみるのだ!」
「望むところなのです」
 一樹の膝を蹴って跳び上がった琴音。右拳を引き、勢いよく突き出す。
 鈴音の突き出した拳がぶつかる。
 その間に稲妻が散った……ような気がした。
 拳を打ち合わせた反動から、机の端を蹴って跳び上がり、空中で二回転してから、琴音が床に着地する。鈴音は机から床に飛び降りた。
 どこからとも無く吹き付ける、乾いた風。多分、錯覚だろう。
 鈴音の黒髪と、琴音の銀髪が揺れていた。
「さすが鈴音なのだ……。今日こそ決着を付けてやるのだ」
「ふっ、望むところなのです」
 言い合うなり、両者が飛び出す。
 フローリングの床を蹴り、勢いよく左足を振り上げた。黒と白の髪の毛、白と赤の裾、朱色と黒の袴が大きく翻る。
 ガッ――!
 鈴音と琴音の跳び蹴りが交錯。
 二人は着地した。
 お互いに向き直り、口元に薄い笑みを浮かべる。
「いい蹴りなのだ」
「お前こそなのです」
「なんか、二人とも楽しそうにケンカしてるね?」
 二人の様子を眺めながら、一樹はそう口にした。
 プロレスごっこという言葉が頭に浮かぶ。本気であるが、本気ではないケンカ。鈴音と琴音、どちらも分かった上で、このケンカごっこを楽しんでいる。
 琴音が短く吐息して、顔を向けてきた。
「同じ身体を共有していて、人格の優劣を持っていると、意外とケンカできないのだ」
「それに、自分とケンカしても、おかしいだけなのです」
 続けて鈴音。
 言っている事は正しいが、色々とおかしな主張。
 鈴音が両足を前後に開き、何やら物々しい構えを取る。
「というわけで、一樹サマ。見届け人を頼むのです」
「幸福と災厄を招く神の……積年の決着なのだ」
 応じるように、琴音が構えた。
「覚悟するのです」
「往くのだ」
 そして、両者同時に飛び出した。


 五分ほどの決闘の後、二人はちょっとぼろぼろになっていた。それぞれ巫女服の襟元が崩れて、白い襦袢が見えている。掛襟も外れていた。帯も解けかけている。髪も乱れ、琴音はリボンが解けている。
 しかし、これといったダメージは見られず、普通に立っている。
「さすが鈴音、オレの半身なのだ」
「琴音こそ、なかなか強かったのです」
 軽く右拳を打ち合わせ、二人が笑った。戦いから、真の友情が芽生えたようである。
 眼鏡を外してから、目を擦り、一樹は声をかけた。
「二人とも気は済んだ」
「大体済んだのです」
 満足げに、鈴音が頷いている。
「久しぶりに暴れて、随分すっきりしたのだ」
 床に落ちたリボンを拾い上げ、琴音は解けた髪を結い上げた。乱れた髪やはだけかけた上衣、解けかけた帯を直して、身体に付いた埃を払っている。
「決着付けられなかったのは残念なのだ。ま、オレと鈴音は、体格こそ違うけど、基本的な性能は一緒なのだ。きちっと決着付ける方が難しいのだ」
 そう納得したように頷いた。
 鈴音と琴音。体格や思考は違うが、根本的な部分は同じ仕組みなので、運動能力や思考能力に差は無いと仙治が以前説明していた。文字通り自分と戦う状況なので、決着が付くこともないのだろう。
 乱れた髪や服を整えてから、鈴音がぽんと手を打った。
「せっかくなのです。一樹サマとの決着も付けておくのです」
 気楽な口調で言って、黒い眼を向けてくる。
 一樹は緩く腕を組んで視線を持ち上げた。
「何か決着付けるようなことあったっけ?」
 鈴音たちと一緒に暮らすようになってからおよそ二ヶ月経つ。しかし、これといって決着を付けるような事柄に心当たりは無い。
 しかし、鈴音にはあるようだった。眉を内側に傾け、
「ババ抜き、オセロ、将棋、真剣衰弱、7並べ、ポーカー、ブラックジャック……。ワタシも琴音も今まで一樹サマに負けっぱなしなのです!」
「というか、勝った記憶が無いのだ……」
 項垂れて両腕を垂らす琴音。
 簡単なボードゲーム、カードゲームで鈴音や琴音と遊ぶ事はあった。一樹は手加減無しで勝ちにいくため、鈴音も琴音も勝ったことがない。そのためか、最近ではそのようなゲームをする事がなくなっていた。
 そんな事を思い出してから、一樹は床に立った鈴音を見下ろした。
「じゃ、何やってみる? 部屋で出来る遊びってもう無いけど」
「…………」
 無言のまま、鈴音が明後日の方向に目を逸らす。
 それを呆れたように見つめる琴音。
「考えてないって顔しているのだ……」
 実際何をするかは考えていないようだった。
 しかし、不意に鈴音が頷く。
「とうっ!」
 本棚に駆け寄ると、棚を一気に駆け上り、小物入れに置いてあったトランプケースを手に取った。ケースを抱えたまま本棚を蹴り、空中を跳んでから床に降りる。
 トランプケースを持って、鈴音は元気よく続けた。
「初心に返って、ババ抜きなのです!」

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10/12/18