Index Top 一尺三寸福ノ神

第39話 二人の違いは


 鈴音は目蓋を開けた。琴音の赤い瞳ではなく、鈴音の黒い瞳。
 自分の意志が手足の隅々にまで行き渡る。
「これで、オッケイなのです」
 頭の後ろで組んでいた両手を離し、鈴音はベッドに手をついて上半身を起こした。視線を下げると、赤い上衣に黒い行灯袴が見えた。身体は琴音のままである。額の辺りで揺れている白い髪の毛。
「思ったよりも簡単にできたのです。これが琴音の身体なのですか」
 ベッドの上に直立する。
 視線が少しだけ高くなっていた。一樹の部屋が小さくなっているのが分かる。鈴音と琴音の身長差は三センチ程度であるが、鈴音にとっては十分な身長差だった。
「やっぱり四十センチ越えると、世界が変わるのです」
 腕組みしながら、鈴音はしたり顔で頷く。
 それから、両手を広げて身体を動かしてみた。身体が重いとか軽いとか、そういう感覚はない。体格が少し違うだけで、運動能力は同じである。いちいち変わるように作る必要性も無かったのだろう。
 鈴音はベッドを蹴って跳び上がり、空中で一回転して両足で着地した。いわゆるバク宙と言われる動きである。
「10点ッ、なのです!」
 両手を左右に広げたまま、鈴音は満足げに笑った。身体が軽いためかなり無茶な動きが可能である。もっとも、純粋な力はさほど強くはない。
「んー?」
 両手を下ろし、鈴音は軽く飛び跳ねた。上衣の袖やポニーテイルの髪が跳ねる。それと一緒に何か肩が下方向に引っ張られる感覚があった。鈴音に無い感覚である。
 視線を下ろすと、赤い上衣を押し上げる膨らみが見えた。
「おおー」
 驚きながらも、鈴音は両手で胸に触れる。両手ではっきりと分かる丸い膨らみ。凹凸が辛うじて分かる鈴音とは違い、琴音は成長した少女の身体だった。
 無遠慮に胸を触りながら、鈴音は眉根を寄せる。
「さすが琴音なのです……。というか、同じ身体のはずなのに、ワタシは子供っぽくて、琴音は大人っぽいのは不公平なのです」
 仙治の顔を思い浮かべながら、不満を口にした。
 巫女装束のようなゆったりした服を着ているため体型が分かりにくいが、ぺたぺたと服の上から身体を触ってみると、大人に近い体型であることがはっきりと分かる。
「琴音はどんな下着付けているのです?」
 鈴音は黒い行灯袴の裾に両手をかけ――
 その両手が跳ねた。
「!」
 自分の意志とは関係なく、自分の顔面へと平手打ちを叩き込む。
 声も上げられず、鈴音は仰向けにひっくり返った。背中からベッドの上に倒れる。いきなりのことでびっくりしたが、痛みはそれほどでもない。
「お前は、何ヒトの身体にセクハラしてるのだ! 身体貸せと言うから何をするかと思えば、もう少しマシなことするのだ!」
 口が動き、琴音の言葉を放つ。どうやら眠っていたわけではないらしい。鈴音の行動に興味を示さなかっただけで、意識は残っていたようだ。現在身体の主導権は琴音にあるので、それは当然なのかもしれない。
 しかし、鈴音は上体を起こしながら、
「細かい事気にしてはいけないのです」
「細かくはないのだ!」
 琴音が言い返してくるが、鈴音は両手を握ってさらに言い返す。鈴音の意識が完全に表に出てきているため、今は琴音の意志を押し切って身体を動かすこともできた。
「しばらく身体貸すと約束したのです。約束は守るべきなのです」
「おかしなことしようとする相手に貸せるかなのだ。約束は無しなのだ。お前はおとなしく引っ込んでいるのだ」
 鈴音の意識を押し込めようとする琴音に。
「ならば、実力行使なのです!」
 鈴音はきっぱりと抵抗した。


「――というわけなのです」
「何がなんだか……」
 一樹はこめかみを押えて首を左右に振った。そこはかとなく頭痛がする。
 机の上に立った、琴音……だと思う。琴音と鈴音の身体がまだら模様になっていた。身体のベースは琴音らしい。そこに鈴音の特徴が混じっている。髪の毛は黒と白が、上衣も白と緋色が、袴も緋色と黒が混じっていた。キメラとでも言うのだろう。何とも不気味な外見。ポニーテイルの髪は下ろしてあった。
「困ったのだ。このままでは不便なのだ……」
 琴音がため息をついている。
 一樹は現実逃避気味にカーテンの閉められた窓を見やった。大学が終わり家に帰り部屋に戻ったら、琴音と鈴音のキメラが待っていた。話を聞く限り、身体の主導権争いをしていたら、混じったらしい。
「一樹サマ、どうにかしてほしいのです。主サマに言えば、多分直し方教えてくれると思うのです。このままでは不便なのです」
「何かあった場合の直し方は一応知ってる」
 眼鏡を直しながら、一樹は琴音に目を戻した。
 琴音が現れる前に貰った仙治からの手紙。そこに、緊急事態用の初期化方法が書かれていた。身体の状態を一度リセットするらしい。鈴音たちのことを機械のように表現していたことに、苦笑した記憶がある。
「じゃ、さっさとするのだ」
 白と黒の眉毛を内側に傾けながら、言ってくる琴音。
 一樹は右手を伸ばして、頭から跳ねたアホ毛を指で摘んだ。
「の!」
 両目を見開き身体を強張らせる琴音。よく分からないが、意外と敏感な部分らしい。だがその反応は無視して、一樹はアホ毛を軽く上に引っ張った。冗談のようだが、これが緊急リセット方法である。
 カシャ。
 と音が聞こえたのは多分錯覚だろう。
 次の瞬間には、合成獣化していた身体が琴音へと戻っていた。白い髪に赤い瞳、胴と袖の分かれた緋色の上衣、黒い行灯袴。リセットすると、意識の主導権を握っている者の初期状態に戻ると書いてあった。ある程度なら身体や服の傷も消えるらしい。
 琴音は自分の身体を撫で回してから、拍子抜けした表情を見せる。
「戻ったのだ……」

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