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第34話 厄神への頼み事 |
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音も無く、鈴音の姿が変化を始めた。 黒かった瞳が赤く染まり、黒髪から色が抜け白い髪へと変わっていく。緋袴が黒袴になり、白衣が赤く変化し、袖口が胴部分から離れた。身体も子供っぽいものから、少し大人びいたものへと成長していく。 鈴音から琴音への変化は五秒ほどで終わった。 琴音は袖から赤いリボンを取り出し、髪の毛をポニーテイルに結い上げる。両手を何度か動かしてから、完全に主導権が入れ替わったのを確認。 「オレに何の用なのだ?」 一ノ葉の頭に手を置き、そう尋ねた。 「なかなか面白い仕組みだな」 足を止めぬまま、一ノ葉が振り向いてくる。琴音の姿を確認するように。変化が終わったと確かめてから、正面へと目を戻した。 「ひとつお前に頼みがある……と――」 言いかけてから口を閉じる。 「どうしたのだ?」 「………。お前達は身体を共有しているようだが、記憶も共有しているのか? さっきの福神にはあまり知られたくないことを頼みたいのだが……」 いくらかの躊躇を置いて、一ノ葉が答えた。厄神に頼む事は普通は他人に知られたくないことである。鈴音にも伝わることを恐れたのだろう。 琴音は前髪を右手で払い上げ、 「記憶の共有はしてるけど、隠すくらいはできるのだ」 口の端を持ち上げ、そう告げた。 一ノ葉の作った結界を隔てて、風が周囲を撫でている。結界をすり抜けた風がポニーテイルや赤い袖を揺らしていた。白い雲が青い空を流れている。 琴音は続けて尋ねた。 「お前は何をしたいのだ?」 「ワシの主に少し厄を与えたい」 一ノ葉は尻尾を動かしながら、答える。 両腕を組んでから、琴音は白い眉を寄せた。 「主との仲が上手くいっていないのか? それは問題なのだ……」 式神使いと使役される式神は、お互いの信頼によって成り立っている。式神と仲が悪いと言うことは、式神使いにとって致命的な問題だ。それは式神使いにとっても式神にとっても、悪い結果を招くことになるだろう。 「安心しろ」 一ノ葉が苦笑する。狐耳が小さく動いた。 「お前が心配するようなことは起こっていない。ワシと主の関係は良好だ。ワシもやつの力は十分に認めている。ただ、あいつはワシのことをよくオモチャみたいに扱うからな。そのことでちょっとバチを与えてやりたいだけだ」 「ほう、お前の主ってのはどんな人間なのだ?」 「イタズラ好きのサディスト……かな?」 琴音の問いに、一ノ葉がため息混じりに答える。それだけで、何となくどのような人物かは想像がついた。苦労しているらしい。 「小森一樹に似ているのだ。意外と気が合うかもしれないのだ」 「お前の主はどんな男だ?」 琴音は視線を持ち上げ、一樹のことを思い返した。琴音として表に現れて一樹と接していたのは一日程度。だが、それでも十分にその性格は分かる。 「三度の飯より数学が好きな、枯れ枝の智略者なのだ」 「………?」 一ノ葉の頭に疑問符が浮かんだように見えた。琴音の言葉にその人物像を想像しかねたようである。さすがに説明が意味不明すぎるだろう。 しかし、琴音自身としては的確な表現だと思う。 「まあ、いい」 尻尾を一振りして、一ノ葉が話を戻した。 「ワシはやつに軽く仕返しをしてやりたい。かといって、下手に大きな事故とか起こされてもワシも困るし、風邪でも引かせられれば、それで満足だ」 「分かったのだ」 琴音は頷きながらも、釘を刺す。 「先に言っておくのだ。厄を扱うのは、福を扱うよりも難しいことなのだ。人を呪わば穴ふたつなのだ。自爆してもオレを恨んだりするな、なのだ」 「分かっているさ」 軽い笑みとともに、一ノ葉が頷いた。 琴音自体力の弱い厄神なので、起こせる厄も大したものではない。だが、他人の運勢に干渉するということは、思わぬ反動を招く危険性もある。小さな災厄でも、大きな災厄の引き金になることはありえるのだ。 「オレはちゃんと忠告したのだ。あとは、自己責任なのだ」 念を押してから、琴音は両手を打ち合わせた。法力と神格によって作り出される、色も形もない災厄の因子。右手を一ノ葉に触れさせ、その因子を流し込む。コップに水を注ぐような感覚とともに、一ノ葉に厄が宿った。 見た目は何も変わっていないし、本人も他人も言われなければ分らない。 「厄込め。終わったのだ」 言ってから、琴音は視線を上げた。白い髪の毛を結い上げていた赤いリボンを取り、赤い袖へとしまう。頭を左右に振って髪の毛を散らしながら、 「オレの仕事は終わりなのだ。あとは上手くやるのだ」 身体が変化を始める。 髪の毛が黒く染まり、目が赤から黒へと変化する。上衣の袖と胴が繋がり、色が赤から白へ、黒袴が緋袴へと変化していった。身体も少し縮んで子供っぽいものとなる。 五秒ほどで鈴音へと戻った。 わきわきと両手を動かしてから、鈴音は一ノ葉の頭に触れる。 「一ノ葉サマ、琴音と何を話していたのです?」 本来琴音と一ノ葉が話していた内容は、鈴音の記憶にも残るはずだ。しかし、鈴音はその部分を見ることが出来ない。琴音が隠したようである。 「すまぬが、秘密だ」 軽く笑いながら、一ノ葉が答えた。 |