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第28話 おやすみの時間 琴音ver


 時計を見ると深夜一時頃だった。
 DVDの電源を落とし、TVも消す。
 ふっと息を吐いて、一樹は傍らに座っている琴音に目を向けた。肌寒い冷たい空気の漂う静かな部屋。一回の両親も隣の部屋の姉も眠っていて、ほぼ無音。なんとも言えない深夜の空気である。
「どうだった?」
「あぅ、ぁぅ……」
 問いかけられ、一樹を見上げてくる琴音。赤い両目からぼろぼろと涙を流していた。頬から耳まで赤く染まり、口元が震えている。しゃっくりのような音を立てる喉。何か言おうと口を動かしているものの、喉が上手く動かず何も言えない。
 一樹がハンカチを渡すと、琴音はそれを受け取り両目から流れる涙を拭いた。ハンカチで顔を押さえたまま、何度か深呼吸を繰り返す。ハンカチを下ろしてから、右人差し指を突き出してきた。
「小森一樹……ッ。お前は……外道なのだ……! 悪魔なのだ――!」
「そう言って貰えると嬉しいよ」
 小さく笑いながら、一樹は琴音の頭に手を置く。鈴音より少し髪質が硬い。涙ぐむことは予想していたが、ここまで泣くとは思わなかった。感受性が高いのかもしれない。
 頭に乗せられた手を払いのけ、琴音は腕組みをして明後日の方を向く。
「うるさいのだ!」
「ラッカ、目を瞑って……」
「がー!」
 その一言に、琴音が叫びながら振り返ってきた。最終話の最後に出てくる一言。それだけで、その場面を思い出してしまったのだろう。強引にせき止めていた涙腺が再び破れ、両目から涙を流している。
「ごめんごめん。それにしても、君は随分と涙もろいね」
 苦笑いとともに謝りながら、一樹は再びハンカチを差し出した。
「ウルサイのだ! お前には関係無いのだ!」
 琴音はひったくるようにハンカチを奪い取り、立ち上がってベッドの端まで逃げるように走っていく。一樹に背を向けてから、涙を拭いていた。
 ベッドから腰を上げ、一樹は布団を捲る。
「そろそろ寝るつもりなんだけど、琴音も一緒に寝る?」
 無言のまま振り返ってくる琴音。ひとまず、涙は止まったらしい。
 警戒の眼差しで一樹を見つめてくる。当然の反応だろう。脳がオーバーヒートするまで難解な話聞かされ、さらに感動で涙腺壊されれば警戒するのは普通のことだった。かなり酷い事をしているという自覚はある。
「一人で寝るっていうなら、タオルケット出すけど」
「一緒に寝てやるのだ」
 あっさりと琴音はそう言ってきた。偉そうに。
 じっと見つめてみるが、その真意は分からない。根本的な部分が鈴音と変わらないと考えると、一人で寝るのは寂しいというのがその理由だろう。だが、それとは別に何か企んでいるような気もする。
 ハンカチを持ったまま、琴音がベッドの一樹の前まで歩いてきた。ハンカチをナイトテーブルに置かれた小物入れに放ってから、銀髪をポニーテイルに結い上げていた赤いリボンをほどき、それを右袖へとしまう。さらりと広がる銀髪。
 眼鏡を置いてから一樹は、琴音の袖を指差した。赤い大きな袖。
「鈴音の時も袖から何か出したり入れたりしてたけど……祓串とか。その袖の中ってどうなってるの? 四次元ポケット?」
「お前には教えてやらんのだ」
 にやりと笑ってから、琴音は両手を持ち上げた。抱き上げろと言う意味らしい。
 一拍の躊躇を挟んでから、一樹は両手を伸ばして琴音を抱き上げる。普段鈴音にしているように。左手で小さな身体を抱えたまま、両足を毛布に入れてからベッドに寝転がり、右手で身体に毛布を乗せた。
 眉根を寄せたまま、琴音がぶつぶつと呟いた。
「お前と一緒に寝るのは気にくわないのだ。でも、なんかこうやって寝る方が安心するのだ。鈴音がずっとこうやって寝てたせいなのだ……」
「鈴音もそうだけど、抱き心地いいよな。ぬいぐるみみたいで」
 琴音の銀髪を指で好きながら、一樹はそう感想をこぼす。小さい身体と適度な柔らかさと暖かさ。そっと抱いているだけで、不思議と気分が落ち着くのだ。鈴音が来てから、よく眠れるようになった気がする。
 布団の中から、琴音が睨み付けてきた。
「小森一樹。それは、褒めているのか?」
「一応褒めてるつもりなんだけど……。もしかしたら、仙治さんが抱いて寝る事も考えて作ったとか? 眠れない時とかに抱き枕みたいに」
 気の抜けた男の顔を思い出しながら、一樹はそんな予想を口にした。
「あのアホオオカミならありうるのだ……」
 額を押さえて、琴音が呻く。一応作り主なので仙治の情報も持っているのだろう。鈴音が顔を知らなかったり、情報に偏りがあるのは別として。
 すっと表情を引き締め、赤い瞳で見つめてくる。
「あと、小森一樹。オレが寝ている間に変なことしようとしたら、ただじゃおかないのだ。因果招きで一日中不幸にしてやるのだ」
「そういうことはしないよ」
 安心させるように、一樹は笑って見せた。
「……まぁ、お前は女の子見てるより、数式眺めてる方が好きそうなのだ」
 そう呟いた琴音の言葉に、表情が苦笑いに変わる。否定できない。女よりも数字の方が好きだろうとは、中学生の頃から言われていることである。
 一樹は琴音の頭に手を置き、顔を自分に向かせてから、笑顔で告げた。
「あと、琴音も僕が寝てる時に変なことしたら、光学や流体力学、電磁気学について三時間くらい講義してあげるから、そのつもりでね? 難しそうにみえるけど、基礎的な部分は掛け算と割り算分かれば理解できるから」
「……やっぱ外道なのだ」
 冷や汗を流しながら、琴音が呻く。理解不能な話を聞かせるよりも、中途半端に分かる程度の話を聞かせる方が効果的なのは、既に把握していた。
 一樹はそっと琴音の頭を撫でる。
「じゃ、おやすみ」

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