Index Top 一尺三寸福ノ神

第23話 不運が作った幸運?


「やあ、一樹くん」
 その声は突然だった。
 鈴音を抱えたまま道を歩いている時である。晩秋の夕刻前、大学からの帰り道。人気のない住宅街を歩いている最中、いきなり声をかけられた。
「はい?」
 返事をしつつ一樹は振り返る。見覚えのあるような男がそこにいた。
 年齢は三十歳ほどだろう。それなりに若いものの、そこはかとなく老けた雰囲気を漂わせている。少し伸ばした髪の毛は、灰色掛かった黒色――染めた色ではなく、地毛らしい。しかし、他に変な部分はなく、格好は普通の背広だった。ネクタイは締めていない。
「いや、久しぶり。鈴音も元気そうだね」
 気さくな口調で、一樹の抱えている鈴音に目を向ける。神である鈴音は自分から姿を見せようとしない限り、普通の人間には見えない。だが、男には普通に見えるらしい。
 反応に困り、一樹は間を取るように眼鏡を動かす。寒冷前線が通り過ぎた翌日、空は晴れているが風は強い。
 驚いたように、鈴音が男を見上げていた。
「ワタシのことが見えるのですか? あなた何者なのです――!」
「いや、作り主の事忘れないで欲しいな……」
 苦笑しながら、男が頭をかく。
 その台詞で、一樹も男が誰であるかを思い出した。
「いつだったかの酔っぱらいのおじさん」
「それも酷いよ……?」
 男が声を少し強張らせる。
 一ヶ月くらい前に一樹に鈴音の依代であるお守りを渡した男だった。あの時は夜遅く、しかも前後不覚に泥酔していたので、今とは全く雰囲気が違う。だが、顔立ちなどはあの時の男と同じだった。
 男はこほんと咳払いをしてから、胸を張るように背筋を伸ばした。
「私は山神の大前仙治。ちょっと用事でこっちに来たから、鈴音の様子でも見ようと思ってね。元気そうでなによりだ」
「なるほど……。あなた様がワタシの主様なのですね? 始めて知ったのです。ついでに、思ってたよりも何だか頼りなさげなのです」
 腕組みしたまま、鈴音がしたり顔で頷いている。頭のアホ毛が前後に揺れる。時々『主様』と口にしていたが、今までその顔も知らなかったらしい。
 それは予想外だったらしく、仙治は肩を落としている。
「ひとつ質問なんですけど」
「何?」
 訊き返され、一樹は鈴音の頭に手を置いた。
「この子、本当に僕が貰っちゃっていいんですか? 鈴音のお守り貰った時から考えていたんですけど、こういう福の神って簡単に他人に渡していいんですか?」
「あんまりよくない……」
 視線を逸らしつつ、仙治は小声で答える。
「ただ、渡しちゃったものは仕方ない。鈴音も君を新しい主人として認識してるし、それを無理に書き換えるのは気が引ける。鈴音も嫌がるだろ」
「ワタシは一樹サマと一緒にいる方がいいのです」
 仙治の言葉を肯定するように、鈴音が言い切った。自分の身体を抱えている一樹の腕をしっかりと両手で掴み、強い意志の灯った眼差しを向けてくる。離れたくない、という感情だった。思いの外懐かれているらしい。
「ありがと、鈴音」
 背筋にむず痒いものを感じつつ、一樹は乾いた笑みを返した。
 近くの電柱を革靴の先で軽く蹴りつつ、仙治が未練がましく呟いている。
「でも福の神は身近においておきたかったな。といっても、新しく作るわけにもいかないし。材料も費用もないし……。諦めるしかなさそうだけど」
「作れるんですか?」
 一樹が口にした率直に疑問に、仙治はこともなげに頷いた。
「作れるよ。材料さえあれば。特殊な式神制作法と言って分かるかな? 人工の神の作り方ってのがある。できるのは、あくまで鈴音みたいなちんちくりんの最下級神だけど」
「うぁ、かなり失礼なこと言ってるのです!」
 右腕を振り上げ仙治を指差しながら、鈴音が怒りの声を上げる。ちんちくりんの最下級神。的確だが、かなり失礼な言い方だろう。
 飛び出そうとする鈴音を両腕で押えつつ、一樹は続けて尋ねた。
「でも、何で福の神作ろうと思ったんです?」
「うーん、自分で言うのも何だけど、ボクって運が悪いんだよ。不幸を集める体質かなと思って、近くに幸運を集める福の神置いておけば、不運も紛れるかと思ったんだけど、そう上手くはいかないみたいだね」
 肩を竦めてから、自嘲するように笑ってみせる。
(もしかして、いや――もしかしなくても……)
 その姿を眺めながら、一樹の脳裏にひとつの考えが浮かんだ。口にするべきか黙っているべきか少し迷ってから、言うことにする。
「こんなこというのも何ですけど――」
 そう前置きしてから、一樹は告げた。
「それって、普通に仙治さんに軽率な行動取る癖があるからじゃないでしょうか?」
 ザクッ。
 という音が聞こえた気がした。
 右手で胸を押さえて仰け反る仙治。もしかしたら、自分の軽率さには自覚があったのかもしれない。思った以上に衝撃を受けた様子だった。言葉が胸に突き刺さるというのは、このような状態を言うのだろう。
 小さくため息をついて、鈴音が続ける。
「ワタシが想像していたよりもお間抜けな主様なのです。こんな主様の下で働くよりも一樹サマの所にいた方が安心してお仕事ができるのです」
 ザグッ!
 歯に衣着せぬ鈴音の台詞に、仙治はさらに仰け反った。足腰が砕け、そのままひっくり返えりそうになった所で、近くの電柱を掴み辛うじて体勢を整える。
 荒い呼吸とともに冷や汗を流しながら、仙治は唸った。
「なかなか、強敵だよ。君たちは」
 何がですか?
 そう思ったが、一樹は何も言わなかった。

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