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第18話 夕食のお時間


 コンロの火を止めてから、一分ほど蒸らす。
 炎の結晶石を動力にしたコンロ。結晶石は交換式で、ひとつで約三ヶ月使える。
 鍋を開けると、香ばしい湯気。鶏肉と野菜のスープ。お玉ですくってから、大降りの皿に盛った。それをテーブルに持って行き、椅子に座る。
 水差しとコップ、パンが四枚に、スモークチーズがひとつ。
「カイはよく野菜のスープ食べてるけど、好きなの?」
 テーブルに座ったミドリが訊いてくる。魔術を灯りを抱えたまま。
 外は夕暮れの暗さになっている。絵は描き終わって、今は午後五時半。雨は本格的に降り始めていた。明日の昼頃には上がるだろう。
「野菜は好きだが、たまには肉も喰いたいと思ってる。でも肉食い過ぎると胃に来るんだよな。画家って職業がら、がつがつ喰えるものでもないけど。金ないし」
 ミドリの前に置いてある小さなコップに水を注ぐ。指で摘めるほどの小さなコップ。
 カイがパンを一口食べてから、ミドリはスプーンで水をすくった。
「画家ってお金ないの? カイはお金持ってるように見えるけど」
「人にもよるな。俺は十分生活できる収入はあるけど、貧乏な奴は貧乏だし、売れっ子は金持ちだ。画家で食えないヤツは美術委員会で仕事の斡旋してくれる場合がある」
 パンとスープを交互に口に入れながら、カイは答える。画家と小説家は極端な才能主義だ。普通の仕事のように努力でどうにかなるものでもない。
 水を一口飲み、ミドリは続けた。
「副会長さんは? あの人は偉いからお金持ちかも」
「副会長は金持ちだ。収入の大半を制作費に使っちゃうらしいけど」
 それなりの屋敷を持っているが、フェルは独身である。家に居ることも少ないらしいが、必要な時は家で何か作っていた。作業室には設備が充実していて、時々他の彫刻家などが借りに来ることもある。
 スプーンを動かしながら、ミドリが呟く。
「美味しいもの食べてるのかな?」
「さあ……? 喰う時は異様に喰うけど。いつぞや二十四時間作業に備えるとか言って、特大ステーキ五枚とボイル野菜大盛りに、パン七枚にチーズふたつ、ついでにワイン一本空にしてた。どこの大食い大会だよ……」
 カイは眉間に手を当てた。
 以前フェルの家を訪ねた時、テーブルに置かれた大量の料理を見つけた。人でも呼ぶのかと尋ねたら、全部一人で食べるとの答え。興味本位と怖いもの見たさで観察してたら、本当に一人で食べてしまった。人体の神秘である。
 ミドリはスプーンで水をすくった。
「カイもそれくらい食べるの?」
「食べない……。あんなに食べたら吐くって」
 苦い表情で手を左右に振る。小食とも言えないが、大食いとも言えない。普通の食事量と言えるだろう。他人の食事をつぶさに観察したことはないが。
 カイはスモークチーズを一口囓り、
「それより、ミドリは水だけで平気なのか? 人間の食べ物は食べられないのは知ってるけどな。それだけで大丈夫とは思えないんだよ。妖精がどんなもの食べてるのかは、俺も知らないけど」
「大丈夫だよ。わたし元気だから」
 そう言って、ミドリは水を口に入れる。

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