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第1話 妖精の種


 窓際に置かれた植木鉢の上。
「もしもし」
 カイは声をかけた。
 植木鉢の上に座って、ぼんやりと外を眺める妖精。
 腰の辺りまで伸ばした、どこか細長い植物の葉を思わせる緑色の髪。身長は十九センチほどで、外見は十六歳ほどだろう。背中から透明な四枚の羽が生えている。
 身につけているものは、緑色のワンピース。深緑の縁取りが施され、胸元には水色のリボンを付けている。頭には赤いリボンが巻かれたカンカン帽を被っていた。
「え……」
 妖精が振り向いてくる。
 カイの姿を見つめ、驚いたように目を丸くした。きれいな翡翠色の瞳。
「あなた、誰?」
 訊いてくる。小さいものの、よく通る透き通った声。
「俺はカイ。新進気鋭の画家だ」
 自分を指差し答える。
 短く刈った焦げ茶色の髪と、額に巻いたバンダナ。絵の具で汚れた白衣と前掛けという格好。この格好を見れば、画家と想像がつくだろう。年は二十歳。プロの画家としてそこそこの収入を持っている。
 妖精はこくりと頷いた。
「カイ、画家。わたしは……」
 言いかけて、口を閉じる。
 首を傾げて訊いてきた。
「わたし、誰? 何でここにいるの? わたし、どこから来たの?」
「俺に訊くなよ」
 そう言って、カイは腰に手を当てる。
 起ったことを正直に告げた。
「昨日の夕方、美術委員会の副会長から珍しい植物の種を貰った。手近な鉢に植えて、作業部屋の窓辺に置いて、朝になったらお前が座っていた」
 絵の師匠でもある美術委員会副会長から貰った種。面白いものが生えると教えられた。翌朝であるつい先刻、植木鉢に座って窓を眺めている妖精を見つけた。
「わたし、植物なのかな?」
 妖精は羽を伸ばして飛び上がり、植木鉢を見つめる。
 カイは植木鉢の土に手を突っ込んだ。掘り返してみるが、昨日植えた種はなくなっている。指先ほどもある大きな種なので、見失うことはない。
 種から妖精が生えた。不条理であるが、そう結論付けるのが、妥当だろう。
「お前、名前は何て言うんだ?」
「分からない」
 妖精は首を振った。
「ねえ、カイ。わたしに名前つけて」
「名前って……」
 頭をかきつつ、カイは首を捻った。
 深く考えもせずに、思いついた名前を口にする。
「ミドリでいいか」
「うん。わたし、ミドリ」
 妖精は何度か頷いてから、嬉しそうに微笑んだ。
「いい名前。ありがとう、カイ」

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