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第9話 妖精の羽


 時計を見ると、午後十時。
 ロアは天井に浮かぶ魔術の光明を見上げた。
「そろそろ寝るか」
 眼鏡を外し、ベッドに寝転がる。その前に。
「ロアさん、ロアさん」
 アルニが声を上げた。
 テーブルの上に小さなベッドと布団を置いている。やはり鞄から取り出したモノだった。鞄の中には何でもあるらしい。魔法の一種なのだろう、多分。中身を見せて欲しいと頼んだが、断られてしまった。
 眼鏡をかけ直し、ロアはアルニを見やる。
「何だ?」
「ちょっとお話があります」
 ふわりと飛び上がり、ロアの前まで飛んできた。
 ぱたぱたと手を動かし、手を差し出すように合図する。意図の通りに、ロアは右手を差し出した。手の平を上に向ける。
「……話か? 出来るだけ手短に頼む。眠い」
「わたしの羽触って下さい」
 きっぱりと言うと、アルニは背中を向けて四枚の羽をロアに向けた。
 透明な四枚の羽。非常に淡い水色の薄紙のように見える。妖精の羽をじっくり眺めることは初めてである。妖精を見るのも初めてであるが。
「何で、いきなり羽を触れと――? 意味が理解できないんだけど」
「誓いです。妖精が羽を触らせるのは、絶対に信用した人間だけです。わたしはロアさんを信用します。だから、羽を触らせるんです」
 アルニは答えた。真面目な口調。小さく羽を動かして見せる。
「まぁ、そういうなら……」
 ロアは一度躊躇ってから、アルニの羽に触れた。
 縁を何度か撫でてから、摘んでみる。薄い紙のような厚さで、柔らかい絹のような手触り。実際に触っているというのに、触っているという実体感が薄い。
「なんか……気持ちいいな」
 指先に感じる肌触りに、感想を述べる。
 高級な布を触っているような、癖になるような感触。アルニはじっとしていて、ロアの指の動きを受け入れいる。もっとも、どこかくすぐったそうでもあった。
 何の気なしに羽の付け根辺りに触れる。
「ひゃぅ!」
 小さい悲鳴を上げて、アルニは逃げるように飛び上がった。
 ロアに向き直って、声を上げる。
「羽は触ってもいいですけど、背中は駄目です!」
「何かまずかった?」
 予想外の反応に、ロアは呻いた。
「まずいですよ。背中触られると、ふにゃふにゃになっちゃうんですから」
 怒ったように言ってくるアルニ。背中というのは、背中全体という意味ではなく、羽の付け根辺りという意味だろう。
「面白いことを聞いた。覚えておく」
 呟いたロアの言葉に、アルニは慌てて手で口を隠した。

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