Index Top 第6話 銀歌街に行く

第2章 銀歌の友達


「よう、風歌」
 そんな声を掛けられて、銀歌は思考を止める。
 昼の十二時十分、講習室での講義が終わってテキストを片付けている時だった。
「またお前か……」
 目の前に佇む女。
 身長は百七十センチを越える。目鼻立ちの整った凛々しい表情、日焼けした黒髪を背中の中程まで伸ばしていた。デニム地のブラウスとベージュのカジュアルパンツというボーイッシュな格好で、引き締まった体躯は服の上からでも分かる。本人は体育大学で陸上競技をやっていると言っていた。名前は、高原美咲。
「さ、昼飯にしよう」
 よく通る声音とともに、美咲は滑らかな動きで銀歌の前に右手を差し出した。女性特有の丸みを残しながらも、しっかりと鍛え込まれた腕の筋肉。
「いや、だから何であたしを誘うんだよ」
 胡乱げに手を見つめて、銀歌は呻く。教習所に来るまでは全く面識がないのだが、初日にいきなり目をつけられた。どうも、センサーに引っかかったらしい。
 美咲は腕を引っ込めて真顔で答える。
「理由は簡単だ。可愛いから」
「それは、理由になってないって……」
 銀歌は顔の前で右手を振った。
 どうにもこの女は苦手である。冷めた性格に見えて無駄に可愛いもの好きで、意味不明の論理展開と他人の意見を聞入れない我の強さ。
 有り体に言って、敬史郎に似ているのだ。
「いいじゃない、ふぅちゃん」
 ぽんと肩に手が置かれる。
 振り向くと、別の女が後ろを塞いでいた。
「莉央……」
 背は百六十センチほどだろう。美咲とは逆にゆるい顔付きで眼鏡を掛けている、ショートカットの黒髪。シャツとスカートという女の子らしい格好。ふわふわした頼りない雰囲気を漂わせている。こっちは、葉月に似ている。中野莉央。
「一緒にご飯食べようよ」
「はいはい。分かったからふぅちゃんって呼ぶの止めてくれ」
 銀歌は鞄にテキストをしまい立ち上がった。
 立ち上がってみると、身長差が露骨になる。美咲との差はおよそ二十センチ。定規一本分にもならない長さであるが、見上げるほどの高さとなって現れていた。
「ふぅちゃん、羨ましいの?」
「いや――」
 頭を掻いてから、歩き出す。行き先は一階にある食堂。
「これだけ背が高いと困るからな。なんとなく大変だろうなぁ、とか思って」
 銀歌は覗き見るように美咲を見上げた。
 冷房の効いた室内の空気を切るようにして歩いていく美咲。陸上で鍛えた人間特有のしっかりした足取り。
 怪訝そうに見下ろしてくる美咲。
「風歌に背が高いことの苦労が分かるのか?」
「まあなぁ」
 銀歌は曖昧に頷き、答えた。
「服は売ってないし、サイズの大きな靴も売ってない、布団で寝てても足がはみ出すし、低い所にあるもの取りにくいし、戸をくぐる時に頭ぶつけそうになるし、街中歩いてると目立つし、集合の目印にされたこともあったな」
「随分詳しいね。もしかして、背が高いことに憧れて調べたの?」
 莉央が頭を撫でてくる。
 そのまま二人一緒に入り口のドアをくぐった。遅れて美咲が廊下に出る。廊下は冷房が設置されていないので、生暖かい。
 莉央の手を払ってから、銀歌は美咲を見やった。
「知り合いに背の高いヤツがいて、そいつの悩みだ」
 実際は昔の自分のことだが、他人のことにしておく。かつては身長百八十センチ近い大女だったと言っても、信じてもられるわけがない。下手なことを言って好奇の目で見られるのも感心しない。
「そうなのか、そいつと会ってみたいな」
「もう会ってるだろ」
 とは言わない。というか、言えない。
 銀歌はぱたぱたと手を振ってから、適当に答えた。
「知り合いにいるんだよ、背の高いヤツ。そいつが、よくあたしに愚痴をこぼすんだ。背の小さいヤツは楽でいいな、って」
「そういう人に憧れるなぁ。きっと格好いい人なんだろうなぁ」
 焦げ茶色の瞳をきらきらさせる莉央。
「どうだろうな?」
 銀歌の頭に浮かんだのは、かつての自分と今の白鋼。冷静になって思い返してみると、昔はかなりケバい格好をしていたと思う。反社会的な行為、と呼ぶべきものだろうか。
 かつての部下たちは捕まって裁判待ちと聞いている。
「あいつら元気にしてるかね」
 敬史郎の話では『銀歌』の封印刑を理由に、極刑は免れたらしい。生きていればどうとでもなる。子供ではないので、自分の面倒くらいは見られるはずだ。無駄に元気な連中だったので、大丈夫だろう。
「きっと格好いいよ。今度紹介してくれない?」
「?」
 莉央の言葉の意味を一瞬把握しかねて。
 銀歌の言った背の高い女のことだと理解する。
「私も会ってみたいな。気が合いそうだ」
 美咲も頷いた。
 階段に差し掛かり、三人で一階に下りていく。
「無理だろ。今は遠くで暮らしてるから」
「そうか、残念だ」
「残念だね」
 淡泊に吐息する美咲と、まさに残念と言った表情で肩を下ろす莉央。
 踊り場で折り返してから、再び階段を下りる。
「そういえば、二人はどうやって知り合ったんだ?」
 銀歌は間を潰すように問いかけてみた。
 陸上競技を行っている美咲と、割と普通の女の子である莉央。親友と言いながら、共通点がないように思える。女の友情などというのは、女である銀歌にもよく分からないものだが、気になったのは事実だ。
「私は可愛いモノが好きだ」
「わたしは格好いいモノも好き」
 二人が詠う。あらかじめ台本でも準備していたかのように、きれいに言い合ってから、銀歌の頭上でぱちんと手を打ち合わせた。
「二人はトモダチ」
「バカだろ……お前ら」
 率直に、素直に、思ったことを口にする。
 一階に下りてから、すぐ近くにある食堂のドアをくぐった。それなりの広さがある食堂。もっとも、かなり昔に作られた教習所なので食堂もいい具合に年期が入っている。席は半分くらい埋まっていた。
「葉月の半分くらいかな?」
 食堂を見回し、銀歌はそんなことを考える。
「二人とも何食べる? わたしは自分で作ってきたお弁当食べるけど」
 莉央は食券販売機を指差した。値段は安いものの、それほど立派なものは置いていない。教習所の食堂に贅沢は期待していないが。
「カツカレー大盛りとラーメン」
 美咲は財布から取り出した千円札を紙幣投入口に放り込んだ。カツカレーと大盛り券、ラーメンのボタンを順番に押す。独特の機械音を響かせてから、取出し口に落ちてくる食券三枚。遅れて百円が一枚落ちてきた。
 それを手早く回収する美咲。
「よくそんなに食えるな。太るぞ」
「私はいくら食べても太らない体質なんだよ」
 食べた分のカロリーを運動によって消費してしまうのだろう。いくら食べても太らない人間はいる。昔の自分や敬史郎がそうだった。人間ではないが、そこは省く。
「つかぬことを訊くが、敬史郎とか葉月とかいう名前に聞き覚えあるか?」
「……? 誰だ、それ?」
「有名人?」
 不思議がる美咲と莉央。
 人間であるはずの二人が、人外の名前を知っているとは思えない。もしかしたら、二人が化けているのかとも思ったが、さすがに考えすぎだろう。
「何でもない。忘れてくれ」
 そう言って、銀歌は財布から五百円玉を取り出した。

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