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第6章 イカサマの力


 銀歌は視線を移す。
「何だ?」
「風歌さんは何で白鋼さんの助手になろうと思ったんですか?」
「んん……」
 効かれて、銀歌は言葉を呑む。白鋼は助手にするつもりであるが、銀歌は助手になろうとしているわけではない。だが、本当のことを言うわけにもいかず、話をややこしくする気にもなれない。
「強くなるためだよ」
 銀歌は無難な答えを返した。
「強くなって、白鋼を倒す」
「倒す……? 白鋼さんに恨みでもあるんですか?」
 瑞樹が驚いたように訊き返してくる。
 銀歌は目を逸らした。耳と尻尾がぱたりと伏せる。余計なことを言ってしまった。最近口を滑らせることが多い気がする。しかし、致命的失言でもない。
「ああ、何だな……。あいつからあたしから奪ったものを、取り返さなきゃならないんだよ。それが何かまでは言えないけど」
 銀歌は告げた。
 自分の身体です、とは言えない。銀歌であるとばれるのは危ない。かなりの恨みを買っているので、今の無力な姿であると知られるのは命の危機である。瑞樹が好んでバラすことはないだろうが、口を滑らせるかもしれない。
「でも、私に教えちゃっていいんですか?」
 瑞樹が首をかしげる。
 銀歌はぱたぱたと手を振ってから、
「ああ、大丈夫だ。あいつは、あたしの目的を知った上で助手にするって言ってる。何十年何百年かかるか分からないけど、目的は果たすさ」
「無理だな」
 敬史郎が呟いた。
 食べかけの三本目を置いて、銀歌を見つめてくる。感情は映っていないが、強い意志が込められた眼差し。
「お前では白鋼には勝てない。たとえ千年死ぬ気で鍛えてもな。お前が修行している間に白鋼も成長すると言う意味でもない。いや、誰にも白鋼には勝てない。東長や西長でも、古の神でも白鋼を倒すことは出来ない」
「――銀歌、は……」
 一呼吸置いてから、銀歌は口を開いた。自分のことを他人のように話すことに違和感を覚えつつも、反論する。聞き流す気にはなれなかった。
「七尾の銀歌は、白鋼の身体を破壊することが出来た。いくら強いと言っても、無敵というわけでもないだろ」
 銀歌の身体を奪って転生したが、身体を殺すことは出来る。身体が死ねば、じきに魂も死ぬ。極めて困難なことであるが、死なないわけではない。
「だが、殺すことは出来なかった」
 敬史郎は言った。
 銀歌は不満げに言い返す。
「……どう違うんだ? 死ぬには死ぬだろ」
「白鋼は何をしても殺すことが出来ない。白鋼は不死という言葉を体言している。老化もせず、限りなく不死身に等しく、それでも死が近づいた時は何らかの因果が働き命を引き伸ばす。銀歌の身体に転生したように、な」
「何だ、そりゃ?」
 思ったことが言葉になっても漏れる。わけが分からない。それでは、どんな手段を用いても殺せないことになる。そんなことがあるとは、到底思えなかった。
「イカサマだ」
 敬史郎は断言する。
「白鋼の力は、詰まるところイカサマだ。俺はそう認識している」
「……何なんだよ」
「白鋼はイカサマの仕組みをお前に教えようとしている。白鋼が何を考えているのか、何を目的としているのか、どんな底意があるのか。そこまでは理解出来ない」
 尋ねた銀歌に、淡々と答えた。
 銀歌は顔をしかめて続けて訊く。
「白鋼の力って、何なんだ?」
「俺には分からない。説明しても俺には理解出来ないだろうと言われた。お前には理解出来ると、白鋼は言っていた。俺は理解したいとは思わない」
 敬史郎の言葉を聞きながら、耳の後ろを指でかく。どうにも言っていることが理解出来ない。意味のある言葉のようで、何の意味もない言葉。
 銀歌はお茶を一口飲んだ。
「風歌さん」
 瑞樹が声を上げる。
 銀歌が目をやると、どことなく気まずそうに尻尾を動かしていた。
「訊きたいことがあるんですけど、いいでしょうか?」
「何だよ」
 促すと、瑞樹は尻尾をぴんと伸ばして訊いてくる。
「何で……風歌さんはそんな格好してるんですか?」
「格好――?」
 と自分の姿を見下ろして。
 銀歌は固まった。
 巫女装束と赤いリボン、赤い首輪。ここ最近の服装。
 最初は嫌がっていた記憶がある。だが、数日で慣れてしまい、自分がとんちんかんな服を着せられている自覚も消えていた。指摘されるまで気づかなかった。
 今日も目が覚めて、寝ぼけたまま巫女装束を着込んで、朝食を取っていた。首輪も慣れてしまい、つけているという自覚すらなかった。
「葉月だ。葉月のせいだ……」
 突っ伏したまま、涙を流す。
 頬を伝った涙がテーブルを濡らしていた。気がつくこともなく、牙も爪も抜かれているのだと思い知らされる。今の自分は、既に昔の自分ではない。
「あらあら」
 口元に手を当てて、瑞樹が緊迫感なく呟く。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない」
 自分に渇を入れて身体を起こし、銀歌は答えた。
 大丈夫ではないが、負けてはいけない。自分を維持するには、強い意志が必要なのだ。現状に打ち倒されるのは、弱い証拠である。
 瑞樹が思い出したように、ぽんと手を打った。
「あ。そういえば、この前、葉月さんにメイド服を貰いました」
「メイド服……」
 脈絡のない単語に、ちょっと脱力する。
「頼むから、俺の前でメイド服は着るなよ」
「何でですか? 似合うと思いますよ」
 不服そうに口を尖らせる瑞樹に、敬史郎は言った。
「お前にメイド服は似合うと思う。しかし、普段メイド服を着ないお前が着ると、やはり違和感がある。瑞樹はそのままの姿が一番美しい」
「ありがとうございます」
 嬉しそうに微笑む瑞樹。
「のろけるな、バカップル……」
 銀歌は冷めたお茶を一息に飲み干した。

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