Index Top 第5話 X - Chenge

第2章 出発!


 結奈が――いや、カルミアがじっと慎一を見つめる。いつもの何かを企んでいるような不敵な目ではない。屈託のないのんびりした眼差し。
「シンイチさんが、小さくなってる。部屋も小さくなってる……!」
「あたしは逆に大きく見えるけどね。巨人みたい」
 カルミア……結奈が、杖の先で頭をかいている。柄が悪くなっていた。
 どちらにしろ、初めての体験に、二人は興味津々のよううである。珍しげに部屋を見回していた。身体の大きさが極端に変わることなどない。
 二人を眺めながら、飛影が声を上げた。
「あの、慎一さん。ひとついいでしょうか?」
「何だ、飛影?」
 視線を向ける。
「ちょっと立ち上がって身体を動かしてみてくれませんか?」
「何で――? と、ああ。なるほど。二人とも僕を見てくれ」
 飛影の意図を察し、慎一は声を上げた。二人の視線が向いてきたところで、その場に立ち上がる。ただ立ち上がっただけ、。だが、二人は眉根を寄せた。
 構わず、軽く腕を左右に動かし、足を振り上げてみる。それだけだった。
 しかし、二人は目眩を覚えたように頭を押さえる。
「なんか……気持ち悪いです。シンイチさんが凄くゆっくり動いてて……」
「あたしは、慎一が滅茶苦茶速く動いてるみたいに見える。あー、最初に気づくべきたっだたわ。あたしとしたことが、見落としてた……」
 大きさの違いから来る、相対速度の違い。人間と妖精の大きさの比率はおよそ八倍。つまり、同じ動きを見ていても、結奈の感覚を持つカルミアは八倍ゆっくりに、カルミアの感覚を持つ結奈は八倍速く動いて見える。あくまで単純化した話しで、きっちり八倍違うというわけでもないだろう。
 大きさの違う二つの姿を持つ飛影は、日常的に体感していたのだろう。
「上手く身体の記憶と調整付けて、あとは気合いで誤魔化すしかないわね」
 腕組みをして結奈。気合いでどうにかできるものでもないと思うが、何とかなるのだろう。術式を見た限り、相手の記憶や経験をある程度利用することができる。
「あとひとつ。カルミア」
 慎一は呟いた。
 カルミアが視線を向けてくる。
 同時、慎一は右足を振り上げた。斬り込むような蹴りをカルミアの眼前に撃ち込む。並の人間では感知すらできない速度の蹴りだ。それを寸止め。
 足を下ろし、座る。
「うわぁ!」
 数拍遅れてから、カルミアは驚いたように退き、腰をついた。
 右腕を振って、非難の声を上げる。
「危ないですよ! ケガしたらどうするんですか」 
「寸止めだから大丈夫だ。でも反応が遅い」
 慎一は感想を述べた。
 速くは見えるが、無駄な動作の多い大振りな蹴り。結奈だったなら、足を動かした時点で反応していただろう。カルミアでももう少し早く反応できていたはずだ。
「やっぱり、術に無理があるよな」
 中継板を眺めながら、慎一は考える。
「だから、こんな遊びにしか使えないんだけどね」
 人差し指を立て、結奈は言った。ひとつの行動におよそ半秒ほどの遅れがある。日常生活ではさしたる問題もないが、非日常では致命的だろう。
「あのさ、カルミア」
 カルミアを見上げ、声をかける結奈。
 カルミアは卓袱台に近づき、結奈を見つめた。小さな自分を見つめる好奇心に満ちた眼差し。自分を他人の、しかも人間の視点で見ることはない。
「何でしょう?」
「質問」
 結奈は自分の羽を指差す。四枚の透明な羽。
「どうやって飛ぶの? いや、なんとなーく分かるんだけど……」
 ぴょんぴょんと跳ねながら、訊く。カルミアはいつも軽く床を蹴ってそのまま飛んでいる。無意識のうちに魔法式を組み上げ、飛行しているのだ。飛行の魔法。
 自分の頬をかきながら、カルミアは困ったように答えた。
「あの、飛行の魔法は教えちゃいけないんですよ」
「やっぱり」
 肩を落とす結奈。予想はしていたらしい。
 だが、あっさり立ち直ると、ビシッと飛影を指差した。
「と、いうわけで――作戦その二!」
「了解」
 答える飛影。烏の姿へと変化し、卓袱台の上に着地した。そこに飛び乗る結奈。
「あたしの服のポケットに、近くのレストランでやってるバイキング食べ放題の招待券あるから、好きなだけ食べてね♪ ンじゃ!」
「そういうことで」
 慎一とカルミアが呆気に取られているうちに、飛影は翼を広げた。
 そのまま、ばさばさと翼を動かし、飛び上がる。開け放たれた窓から、逃げるように飛んでいった。見ているうちに、どこかへと消える。
 数秒してから、慎一とカルミアは顔を見合わせた。
「どうしましょう?」
「いや、僕に訊かれても……」
 頭をかく。どうすればいいのか、分からない。
「そうですね。バイキング行きましょうか?」
 カルミアはスカートのポケットから、封筒を取り出し、差し出してきた。
 慎一は封筒を受け取り、中を見る。
 近くのレストランのバイキング招待券が二枚入っていた。ついでに小さく折りたたまれた紙が一枚。嫌な予感を覚えつつ、開く。
『カルミアとのデ〜トのチャンスを上げるわ。二人で気が済むまで楽しんで来なさい。キスくらいまでなら許可する。結奈より』
 慎一は無言で紙を破り捨てた。
「何書いてあったんです?」
「いつものこと。気にするな」
 丸めた紙をゴミ箱に放り込み、慎一は首を振った。まあ、思いつきの裏で迷惑なことを考えるのは沼護家の昔からの気質である。今更どうこうできるものでもない。
 カルミアが腕を伸ばして、慎一の腕を掴む。
「それより、バイキング行きましょう。シンイチさん。」
「いや、じっとしてた方が安全じゃないか?」
「わたし、こっちに来てから水しか呑んだことないんです。ずっと人間のお料理も食べてみたいと思っていたんです。それに車の運転って凄く面白そうじゃないですか」
 瞳をきらきらと輝かせながら、腕を引っ張る。
 じっと見つめ合うこと十秒ほど。
「分かったよ」
 慎一は頷いて立ち上がった。


「計画通り」
 にやりと不敵に微笑む。アパート近くの電柱の上。
 飛影の背中に乗ったまま、結奈はアパートから出てくる慎一とカルミアを眺めていた。どこか心配そうな慎一と、慎一の腕を掴んで楽しそうに笑っているカルミア。
「姉ちゃん。これってやっぱりまずいんじゃない?」
 飛影が呻く。この計画を告げた時から、ずっと反対している。飛影の性格を考えれば、この反応は当然だろう。だが、中止する気など毛頭無い。
「そう? 身体の大きさの違う二人の男女に救いの手を差し伸べたつもりだけど」
「万が一何かあったらどうするの? あれ、姉ちゃんの身体なんだよ」
 確かに、二十歳の男女。何か間違いがあるかもしれない。そして、お互いに守護十家の人間。間違いから、政治問題まで発展する可能性もなくはない。
「でも、『あの』慎一が、何かすると思う?」
「………」
 黙る飛影。
 日暈慎一。戦うことを何よりも好む日暈家の中で、最も戦闘狂の傾向が強い男。日暈家では、子供の内に許嫁を決めて半ば無理矢理結婚させてしまうという風習がある。放っておいたらいつまでも戦いに興じ、家系が途絶えてしまうからだ。難儀な血筋である。
 万が一にも手を出すことはあり得ない。
「さてと、追跡開始と行きますか」

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