Index Top 第4話 オカ研合宿

第6話 慎一の戦い方


 気と霊力を練り込み剣気を作り出し、瞬身の術を発動させた。二種類の力が混ざり合い、効果を相乗させる。火薬のような力と形容される爆発力。威力も大きいが、制御も難しい。
 身体を傾け、地面を蹴る。
「うああああぁぁぁぁ!」
「―――!」
 飛影が悲鳴を上げた。カルミアは声も出せない。
 時速百四十キロで、音もなく疾走する。三十段の石段を一気に駆け抜け、境内を突っ切り、回り道もせず、飛跳の術で本殿を一足飛びに跳び越え、空段の術で空中を二度蹴ってさらに跳上がり、細い石段に着地。休む暇もなく、七十段を風のように登り切る。
 慎一は足を止めた。遅れて灯りもついてくる。
「はンそく、ダ……」
「あぅぅ」
 両手の中で目を回しているカルミアと飛影。
 森の中の開けた場所に、古い社が置かれている。半畳分ほどの小さな社。その近くに置かれた石に、彰人が座っていた。身体から力を抜いて、ぼんやりと虚空を眺めている。意識はあるようだが、忘我状態である。
 慎一は飛影を左手で抱え、右手に霊力を込めた。戦闘以外では剣気を作ることもない。火力は大きいが、反面術構成や制御が難しく、負荷も大きいからだ。
「破ッ!」
 気合いとともに放たれた力が、彰人の額を撃ち抜く。
 彰人は大きく仰け反ってから、一度びくりと震えて身体を起こした。術が崩れて、意識を取り戻したようである。疲れたように目をこすってから、慎一を見る。
「あー。俺こんな所で何してんだ? 慎一……それ何だ?」
 近くに浮いている灯りを指差した。
 慎一は慌てもせずに答える。
「霊力を固めた明りです。変なものじゃないです」
「ほう」
 頷いてから、彰人は嬉しそうに笑った。霊術を見るのは初めてだろう。よほどのことがない限り、一般人が霊術を目にすることはない。
 訊いてくる。
「何が起こってるんだ?」
「僕にも分りません」
 慎一は答えた。
 周囲に危険なものの気配はない。彰人をここに連れてきた相手が誰だかも分からない。何がどうなっているのか、一向に理解出来ない。昼間のうちに念入りに調べておくべきだったと、後悔する。
 反省はそこそこに、慎一は石段を示した。
「とにかく戻りましょう。ここにいても危ないですし」
 彰人は頷いて――
 動きを止める。
「何かいるぞ」
 階段を指差し、強張った声音を漏らした。
 石段を見やるが、何も変わった所はない。幅百三十センチほどの石段で、両側は森。ひび割れてて、角が欠けている。まばらに雑草。
 だが、何もいない。
「白い人影みたいなのがいる……。人間じゃないし、俺が今まで見た幽霊とも違うぞ。お前には見えないのかよ? 見えないはずないだろ」
「見えませんよ」
 慎一は吐息混じりに答えた。
「簡単な幻術です。彰人さんには影響あるみたいですけど、僕には見えません。彰人さんにしか見えてないですし、元から何もいないんですから」
「……そんなあっさりネタバレするなよ」
 詰まらなそうな顔をする彰人。
 慎一は彰人に近づくと、
「この二人お願いします」
 左手のカルミアと飛影を、差し出された手に乗せた。
「二人ってこのカラスと妖精か?」
 呟いてから、固まる。
 三秒ほどしてから、目を丸くした。
「妖精!」
 ぎょっとしたようにカルミアを見つめる。
 霊術を見た直後では、普通の人間にも人外が見えるのだ。無論、普段は見えないはずの妖精も見ることが出来る。霊術から離れれば、また見えなくなるだろう。
 彰人はぐったりしたカルミアをまじまじと見つめてから、呻いた。
「何なんだよ、お前――?」
「どこにでもいる本好きの大学生です」
 答えて、慎一は印を結んだ。
「口寄せ、白刃」
 左手から一本の刀が飛び出してくる。
 樫の鞘に収められた刀。鍔はない。アパートの押入れに保管していたものだ。刃渡り二尺三寸で反りはない。柄頭から切先まで一直線の直刀である。刺突に特化した二級品の破魔刀で、銘は時雨。実用重視の無骨な造りだ。
 一息に鞘から抜き放ち、一閃。
 飛燕の術による斬撃が、藪を斬り飛ばした。
「外したか」
「……何かいるのか?」
 斬られた藪を見つめ、彰人が呟く。
 慎一は右手で刀を構えたまま、哨界の術で周囲を探っていた。
「カルミア、飛影。彰人さんを頼む」
「はいぃ」
「了解しました」
 まだ目を回しているカルミアと、立ち直った飛影。
 翼を広げて、彰人の手から飛び上がると、一瞬で人間の姿に変化する。幾何学模様の入った黒い着物をきた少年。懐から依代のクナイを取り出し、構えて見せた。
「変化の術? うおー。すげー」
 彰人が子供のような眼差しで飛影を見つめている。
 飛影はなんとなく恥ずかしそうにしていた。
 カルミアは彰人の手の平から飛び上がる。杖を掲げ、
「氷よ」
 先端に冷気を纏わせる。妖精の魔力は強くはない。小さな身体で戦うことに向いてもいない。しかし、全力で魔法を放てば、それなりの攻撃力を生み出す。
「さて……」
 慎一は僅かに腰を落とし、跳ぶ。
 飛跳の術により、周囲の木々よりも上へと飛び上がった。視線の先には、黒い人影。森の中から飛び出してきたのだ。神か妖怪か、正体は不明。
 空段の術で一気に間合いを詰め、刀を突き出す。
 白刃は影を貫いた。だが、手応えは硬い。およそ生き物のものではない。木か何かで作った人形だろう。傀儡の術で動かしていた。予想外のものでもない。
 慎一は刀を引き抜き、影を蹴り壊す。
 社の横に着地した。再び周囲に目を向ける。近くに敵がいるのは、分かっている。数は一人。位置は……
「勝てるか?」
 彰人が興奮と不安の混じった声で訊いてくる。
 問いには答えず、慎一は刀を左手に持ち替えた。柄頭を握り、腰を落とし、両足を前後に開き、腕を引き絞る。つま先から腕の先まで、全身の筋肉をバネのようにしならせた。骨を弓として筋肉を弦とする。
「牙突……?」
「動かないでくださいね。彰人さん」
「え?」
 訊き返した時には。
 爆裂音とともに、刀が彰人の左胸を貫いていた。

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