Index Top 第3話 蟲使いの結奈

第7章 二日酔いの慎一


 カルミアは顔を上げた。
 ハンカチに包まったまま、卓袱台の上に突っ伏している。いつの間にかに眠ってしまったらしい。服と羽がしわになっていた。ベッドで寝なかったからだろう。
 時計を見ると、九時三十分。
「お酒くさいです……」
 部屋には酒の匂いが残っている。卓袱台の横には、結奈と寒月が寝転がっていた。幸せそうな顔の結奈と、どこか苦しそうな寒月。
 一升瓶七本と、空き缶十三本が乱雑に転がっている。昨日は、結奈と寒月が、飲み比べのようなことをやってた。人間は妖精とは違い、それほどの量を身体に収めることは出来ない。そう出来ている。ここまで飲めるとは思わなかった。
「二人とも、すごいです」
 感心しながら、カルミアは近くに転がっていた杖と三角帽子を拾い上げる。帽子を被り直し、羽を伸ばして飛び上がった。
 慎一がいない。昨日は勢いで酒を飲ませてしまった。それから十分ほど動かなくなってしまったような気がするが、酔っていたのでよく覚えていない。
 フローリングの部屋に飛んでいく。
 慎一はベッドの上に寝ていた。
「生きてます、よね?」
 顔の上に濡れたタオルを置いて、それを右手で押さえている。左手にはなぜか、樫鞘に納められた鍔のない刀を持っていた。身体を眺めても、どこも動いていない。胸も動いていないし、息もしていないように見える。
「シンイチさん?」
「カルミア、か。何しに来た……?」
 慎一が声を出した。
 その声に、カルミアは怯えたように身をすくめる。
 低く唸るような声。剃刀のような殺気と、凍りつくような冷たさを含んだ、不気味な口調。時々見せるこの狂気が、カルミアはどうしても苦手だった。
「死にそうなんだ……出て行ってくれ」
「はい」
 返事をして、おとなしく部屋を出る。刺激する気にはなれなかった。話を続けようとすれば、何をするか分からない。
 畳部屋の中央まで移動し、カルミアは結奈と寒月を眺める。
「ユイナさん、カンゲツさん。朝ですよ、起きてください」
「う……」
 寒月が目を開け、むくと起き上がった。目覚めはいいらしい。寝ぼけたような眼差しをしばし部屋に彷徨わせてから、カルミアに気づく。
「おはよう、カルミア」
「おはようございます」
 カルミアは挨拶を返した。
「もう朝かぁ。頭痛ぇ」
 寒月はがしがしと頭をかいてから、結奈の傍まで這っていく。肩を叩きながら、
「起きろ。うわばみ」
「嫌よぉ。もっと寝るぅ」
 結奈は手を振り払い、背中を丸めた。起きる気はないらしい。
 寒月は部屋を見回して、紙袋の中から缶ビールを取り出す。無言で蓋を開けた。
 プシュ、という炭酸の抜ける音。結奈はごく自然な動作で身体を起こす。寒月が持っている缶ビールを見つけると、当然のごとく奪い取って飲み干した。
「ぷはーッ。起抜けの一杯は最高ね!」
 空き缶を握りつぶし、口元を手で拭う。
 寒月は冷めた眼差しで結奈を見つめていた。
「つくづくうわばみだな。お前」
「たかだかこの程度の量で何言ってんのよ。あんたも憑喪神の癖に根性ないわね」
 手を振りながら、結奈は笑ってみせる。
「あれだけ飲んだら、誰でも二日酔いになるぞ。憑喪神関係ないし」
「どうでもいいわよ」
 結奈は近くに転がっていた酒瓶を掴んだ。中身が半分ほど残っている。どうやら、今日の分として残しておいたものらしい。
「じゃあ、さっそく迎え酒と行きますか!」
「…………」
 カルミアは無言で、結奈の後ろを指差した。部屋に漂う、冷たい空気。夏だというのに、冬のように寒い。背中を撫でる悪寒に、鳥肌が立つ。
 寒月も頬を引きつらせていた。
 結奈は酒瓶を抱えたまま振り向く。
 気配もなく佇む慎一。
「……ええと、おはようございます。慎一くん」
「出て行け」
 囁くような声音で、唸る。
 慎一は殺意の灯った眼差しで、結奈を睨みつけていた。生気を感じさせない顔で、眼光だけは燃えるように輝いている。凄絶な薄笑いを口元に貼り付け、右手には抜き身の刀をぶら下げていた。反りのない直刀。よく研がれていて、光沢はない。
「死にたくなかったら、出て行け」
「……はい」

       □

 慎一にアパートを追い出され、近くの公園に向かう。
「しばらく戻れねぇな」
 寒月は呻いた。後ろを振り返りながら、
「あの野郎、完全にキレてやがる……。二日酔いが醒めるまで、刺激しないほうがいい。あの状態で暴れだしたら、正直俺でも止める自信がない」
「シンイチさん、怖かったです」
 カルミアは肩を落とす。あの姿は、どう見ても人間ではなかった。魔物である。余計なことを言っていれば、躊躇いなく斬りかかってきただろう。
 結奈が鼻を鳴らし、
「血の気が多いヤツね」
「血の気が多いのは、日暈家の伝統だよ。血の気が多いっていうよりも、人間を傷つけることに対する抵抗感が皆無って言う方が正しいか?」
「それって……人間として、まずくないですか?」
 カルミアは杖を抱えながら呟く。
 寒月は笑いながら、
「いきなり暴れたりしないから大丈夫だ。といっても、あいつは日暈家の中で一番暴力に対する抵抗がない上に、戦闘狂の節がある。ま、あれは酒が原因だろうけど」
「誰よ、あいつにお酒飲ませたの?」
 腰に手を当てて、結奈が呻く。
「口にお酒流し込んだのは、ユイナさんですよね」
「押さえつけたのは、寒月でしょ?」
「最初に酒飲ませようって言ったの、カルミアだけどな」
 一同、しばし沈黙してから。
 何事もなかったように、寒月は結奈に尋ねた。
「で、何の憑喪神を具現化させたいんだ?」
「これよ」
 言いながら、懐から一本の刃物を取り出した。

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